その時、食満は委員会の後輩達に対して背を向けていた。
別 に怒っていたわけでも無視をしていたわけでもない。単に用具倉庫の棚に向かって片づけをしており、その後ろから一年生達がわらわらとついて歩いていたとい うだけの事。ちなみに三年生は別の壁に設えられた棚で作業中であり、聞くとはなしに会話を小耳に挟んだり視界の隅にちらりと一年生を収めてはいた。
会話とは言っても一年生達が口々に自分の好きな事を一斉に言うので、作兵衛には一体何がなんだかさっぱり聞き取れない。
まあ大体、「おなかへった」とか「なめくじは好きですか」とかそういう類の事なんだろうとは思うけれども。
とにかく、それはいつも通りの委員会活動の風景だった。
喜三太としんべヱと平太が一度に食満に向かって尋ねた事に、苦笑しながら返事をするまでは。
「あー、しんべヱ落ちてるものはたべちゃだめだぞ。え?なめくじって売ってるのか?」
三人が何を言ったのかは作兵衛には聞き取れなかったが、食満がそう返しているのは聞こえた。けれどもその直後に。
三人が口をそろえて。
「「そんな事言ってませーん!!先輩僕達の話聞いてなかったんですかぁ〜」」
「…せんぱい、僕の話は…」
叫ぶ声に慌てて振り返れば、目に涙をためた一年生達。そしてやはり瞬間的に振り向いたのだろう食満が三人の様子に固まっている。
「先輩ひどいー」
喜三太の言葉に明らかにショックを受けた食満がこの世の終わりのような顔をしているうちに、三人は倉庫の外へと走り出してしまう。
頭の上に石が落ちてきたかのようにぐらぐらと揺れている食満を気にしつつも、作兵衛は三人を追いかけて外へ出る。びいびいと泣いている一年生に、これじゃ仕事にならないなととりあえず宥めで解散を申し渡した。
委員長を差し置いて差し出がましいとは思ったが、肝心の委員長が心ここにあらずで使い物にならないので仕方が無い。やれやれとため息を一つ吐いて苦労性の三年生は再び倉庫へと入っていく。
「先輩、先輩…」
がっくりと両手を着いて項垂れている食満に寄って声をかけるが反応は薄い。なんとなく背中に斜堂先生のような人魂すら見えるのは気のせいだろうか。
「き、嫌われたかな…」
ぽそりと呟かれた独り言のようなそれに、作兵衛はそんな事は天地がひっくり返っても有り得ないですと返すことしかできない。
「一体どうしたんですか?よく聞こえなかったんですけど…」
「た、多分、俺があいつらの言った事を取り違えちまったんだと思う…。それに平太の声は二人にかき消されて聞こえなかったんだ。あああ仕事なんかの片手間に聞いてないで、あいつらの話をちゃんと聞いてやれば」
『なんか』の入れ所が間違っているだろうと突っ込みたくて仕方がない作兵衛である。
「いやいや、先輩落ち着いてください。そもそも仕事中におしゃべりしてたあいつらだっていけないんですから」
「しかしだな…」
こうなってしまえば、もう作兵衛にもお手上げだ。どうせ原因である一年生達は明日になれば…否、夕飯後にはもうけろりとしているに違いないのに。
「そうだ!」
「あ、先輩!どこへ!?」
「作!今日の委員会は終わりだ!用事ができた!!」
「ちょっ!!」
唐突に何かを思いついたらしい食満は、唖然とする作兵衛を残し風のように去っていってしまった。
用具倉庫で一人作兵衛は盛大なため息を吐く。日頃級友達に委員会活動においてはうらやましがられている身ではあるが、こっちはこっちで結構心労も多いんだぞと誰も居ない虚空を睨むのであった。
 
 
「土井先生!斜堂先生!!」
「うわっ!どうした?留三郎」
職員室に現れて突然がばりと頭を下げた食満に、一年生の担任二人は顔を見合わせる。
「私達に君が用事という事は…」
「う、うちのしんべヱと喜三太が…」
「それからうちの平太が何かしましたか?」
このような事態が多いのか、土井は想像だけで顔色を悪くし胃の辺りを押さえている。一方の斜堂も顔を益々青くさせて心配げである。
「いえ!そうではなくて。いや…あの…。お二人にご教授いただきたいのです」
「はあ?」
いきなり何を言い出すのかと、とりあえず胃痛の種ではなさそうな様子に土井も胃を押さえていた手を放す。
かくかくしかじかと便利な言葉で説明をすると、二人の教師は苦笑する。自分達の教え子を気にかけてもらっているのは、いい先輩だと思う、思うのだが。
「た、多分しんべヱも喜三太も明日には…いや、もう既にけろっとしてると思うぞ」
「平太だってそうですよー」
二人でなだめても、この生徒は一向に頭を上げない。どうしたものかと思っていれば。
「もう二度とこんな事にならないように…お二人にご指導いただきたいのです」
「な、何を…?」
「はいっ。先生方は普段全員が一斉に喋っているのを聞き取られると聞きましたっ!是非その技を」
食満の言い分に教師二人は苦笑いを浮かべて互いに顔を見合わせた。
「…ろ組の生徒は一斉に喋る事あんまりありませんからねえ。多少声が小さくても周りが静かですから…」
「…は組はなんだかんだで全員声がでっかいからなあ。私達だってい組とろ組が混合で皆で話されたら聞き取れないぞ」
「…は組ってつば飛んできそうですね…」
「否定はしません」
「…バッチイ…」
既に目の前の生徒の訴えとは違う方向へと話題が移っている教師陣はさておき、当の本人は少々の慰めでは納得しきれない。
うなだれる生徒を前に、さてどうしたものかと困る二人の教師。
そこへ現れたのは全ての原因かもしくは救いの主か。
「あ、先輩、ここにいたんですかー」
「はにゃー、いたよー平太ーこっちこっちー」
「…ほんとー?」
とてとてと廊下を走ってきた一年生三人。
「しんべヱ、喜三太」
「…平太も…どうしたんですか?」
「僕達、食満留三郎先輩探してたんですー」
名前を呼ばれくるりと振り向いた食満の目に映るのは、にっこにこと笑う三人の姿。危惧していたように彼を嫌うような瞳は一切見当たらない。
「お前達…」
「えっとですね、僕達ちゃんとお話しする順番を決めてきました!一番は僕ですー!このあいだ見つけたお団子やさんがとーっても美味しかったんですよー」
「次は僕ー!えーとですね、こおんなでっかいナメさんが裏山の道にいたんですー!」
「僕は最後です…。お墓で一休みしてたら、栗みつけました…」
口々に食満に向かって話すのはどれも、些細な、けれども本人達にとっては是非とも先輩に伝えたかったことばかりで。
「ご、ごめんなさっき…」
「あー、僕達が一緒に喋っちゃったから今度はちゃんと順番に話せって」
「うん。先輩がこまっちゃうだろって富松先輩に怒られてちゃんと言い直せって…」
「あ、富松先輩、自分が言ったって言うなって…」
「あ、そうだったーーー!」
わあわあと騒ぐうちに、一年生と三年生の間にどんなやりとりがあったのかを全て暴露してしまっている事に気がつかない。
要するに、食満が職員室へと飛んでいった後に富松が三人を探し出して、その頃には予想通りけろりとしていた三人を諭してここへと送り込んだという事である。
「作兵衛…」
感無量という風情の食満と、分かっているんだか分かっていないんだかきゃいきゃいとさわぐ一年生達を見ながら、土井と斜堂は特大のため息を一つ。
「お前達、ここ職員室だって忘れてないか?」
しかしそんな声も聞こえていないかのような、食満の声にかき消されてしまう。
「じゃあ、今度皆でその団子屋に行こうな。それから、ナメクジ用のえさ箱一緒に作ろうか。あと、皆でお墓に栗拾いも行こう」
「「「わーい!ほんとですかー!」」」
「ああ、勿論だー!作にも伝えておけよー」
 
「…君達、お墓で栗拾いはやめなさい」
「作兵衛はまた苦労しそうだなあ…」