用具委員長が風邪を引きました  おまけ(6年生)
 
 
太陽が西へと傾き、夕時の鐘がなる。
数馬と左近も当番を終えてそれぞれの長屋へと戻っていった。
廊下の向こうでは下級生達が夕飯を取りに食堂へと向かう足音がする。
もう少しすいたら、食堂のおばちゃんへと留三郎の夕飯を頼んでおこうと伊作は手元の薬を片付けながら考えた。
ここで自分も夕飯を取って、それから一緒に部屋へと戻ればいいかなと先程からの留三郎の容態を見て判断する。
常なら何のかんのと無茶をする留三郎だが、さすがに今回は後輩達のおかげで自重を覚えたようだと苦笑した。
いつもこうならばいいのにと、軽いため息を吐いたところで、せわしない足音が聞こえて伊作は眉をひそめた。
「留ちゃーん、風邪引いたんだって?」
「小平太、静かに」
すぱんっっと遠慮もなしに開かれた医務室の扉。そこから轟く大音声。ここがどこでどんな人が集うのか分かっているのだろうかと伊作は頭を抱えたくなる。いくら注意したところで本人は悪びれる事もない。
「何だ…小平太…」
その大声で起こされたのか、またはその前の戸が開く音かはたまた足音か、ともかく小平太の発する騒音に目が覚めたらしい留三郎がしわがれた声を出す。
寝起きだと言うのを差し引いても少しかすれた声ではあるが、先程に比べれば随分とよくなっているようだ。
返事が返ってきたことでますます遠慮をなくした小平太はそのままついたての向こう側を覗き込む。そこには横になったままの留三郎がまぶしそうに目を細めて、いかにも今目が覚めた風情でこちらに顔を向けていた。
「あのねー、風邪を引いたって聞いたからさ」
伊作が注意するよりも先に、声をひそめることもしない小平太はなにやら懐を探って取り出した。
「じゃーん!ほらこれ!ねぎ!風邪にはねぎがいいんだぞ。さっき掘って来たんだ。半分は長次に渡して残りを持ってきた。さあ、これを首に巻くんだ!」
「ちょ、ちょっと待て…」
「わー小平太!ねぎで留さんの首を絞めるんじゃなーい!大体ねぎはそのままじゃなくて、火であぶってから手ぬぐいで包んで首に当てるんだ!」
「ええー、面倒くさいよ。ほら、あと鼻にねぎをつっこんで」
「やめろ!せめて短冊切りにしろ!そのまま突っ込むんじゃない!…げほっ」
なんとか応戦していた留三郎であったが、やはり本調子ではなく一瞬咳き込んだところで小平太がねぎを手に迫ってくる。もはや伊作にも止められないと覚悟を決めかけたところに救世主が現れた。
「…小平太…それは正しくない…」
間一髪で小平太の暴走を止めてくれたのは手に盆を持った長次だった。その小さな声はしっかりと小平太に届いていたようでぴたりと動きを止める。
「…ていうか、何で僕の言う事には耳かさないのさ…」
「だっていさっくんの言う事小難しいんだもん」
そんなに面倒な事は言ってないだろうと言う文句は飲み込んで、長次の持ってきた盆に視線を送る。
「…食堂のおばちゃんに頼んできた。ねぎ入りの雑炊と生姜湯…」
そう言えば先程小平太が半分は長次に渡したと言っていたが、なるほどそれをおばちゃんへと届けてくれたらしい。病人への食事としてはさすが長次と言う他はない選択だった。
「それと、どうせお前もここで食事を取るのだろう?」
そう言いながら長次の後ろからもう一つのお盆をもって現れたのは仙蔵だ。
こちらは病人用ではない普通の食事を持っている。どうやら伊作の分を運んできてくれたらしい。
「あ、ありがとうー」
「ふん。留三郎が無茶をしないようにしっかり目を離さず見張っておけ」
色々とお見通しらしい仙蔵に伊作も留三郎も苦笑いを返した。
なんだかんだと皆心配して様子を見に来てくれているのだ。その方法や表現がさまざまであろうとも。
そう言えば一人まだ顔を見せないなと伊作は思う。尤も彼の場合顔を出した途端に喧嘩になりかねないので、顔を出さない事が彼なりの気遣いなのかと思い当たったその矢先。
先ほどの小平太のような勢いで戸が開け放たれた。
「風邪をこじらせるなど気合が足りん証拠だバカタレ!」
お約束のように喧嘩を売りながら登場した文次郎に、一発殴ってやろうかと伊作が拳を握ったその瞬間に、いつもならそこで終わるはずの文次郎の台詞が続く。
「悔しかったらとっとと治してこい、喧嘩は明日買ってやる」
なんて素直じゃないお見舞いの言葉だろうかと一同が絶句している隙に当の留三郎がややかすれた声で言い放つ。
「何えらそうに言ってやがんだ。買ってやるのはこっちだボケ」
幾分張りの出てきた声に、どうやらこのお見舞いは大分効果があったようだと妙な感心をしてしまう。
「ふんっ、どちらにせよ返り討ちだ。いくぞ小平太!鍛錬だっ!」
「いーよー。あ、留ちゃん、今日は私バレーボール壊してないよ、安心してね」
文次郎に襟首を引きづられるようにして退場した小平太は去り際にそんな台詞を残していく。
珍しい事もあったもんだと思いつつも多少安堵している留三郎に、長次がぼそりと呟いた。
「…文次郎だ…」
「は?」
「今日は小平太がバレーボールをやろうとする前にああして文次郎が己の鍛錬につき合わせて、ボールに触る暇を与えてない。どうやらあの朴念仁なりの気遣いらしいぞ」
長次の言葉に仙蔵が補足を入れる。その意外な事実に目を白黒させていれば、珍しくも長次が更に続けた。
「…小平太自身も、今日は塹壕を掘らずねぎを掘ってきた…」
「ついでに言えば四年生は今日は校外実習で出かけていたから、喜八郎も落とし穴は製作しておらんはずだ。よかったな、明日の仕事が楽になるぞ」
食べかけの雑炊を口に運びかけたままの姿勢で留三郎はしばし固まってしまう。
まったく予想外に、こんなにも気を使われて。
感謝よりも、照れくささよりも、何よりも思考が真っ白だ。
そんな留三郎に気分を害した風もなく仙蔵も長次も小さく笑って、医務室を後にした。
「ほら、留さん。いつまで固まってるの。早く食べてしっかり養生してよ。この後は僕の出番なんだからね」
そう言って、伊作も、仙蔵たちと同じ種類の笑みを浮かべて自らも夕飯に箸をつけるのだった。
 
 
 
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愛されてますね、用具委員長。
ちなみに小松田さんの被害は用具委員達が必死で食い止め&フォローしました。