ひざまくら(こへ留編)

 

西日が差し込む廊下を歩いていた長次はふと足を止める。
常ならばこんな時間には空っぽである事が殆どの部屋に、とても穏やかな気配がする。
珍しく空でないにしろ、こんなにも静かであることなんて一体何事だろう。
興味を引かれ、そのまま通り過ぎようとしていた室内をそっと覗きこむ。尤も自分の部屋でもあるから何の遠慮も要らないが。
すっと戸を引けば、中には良く見知った級友の顔があり、指を一本立てて唇に当てたままこちらを見ている。
「しー」
小平太が長次に向かってそんな動作をしているところなぞ、あまりにも珍しく、友人達がその光景を見れば目を疑う事は必至だ。
けれども、長次は一瞬で事態を把握すると、軽く目配せをして部屋には入らず戸を元通りに閉めると当初の予定通り廊下を通り過ぎていった。
長次が見たのは、足を伸ばして座り込んだ小平太と、その足を枕に眠り込んでいる留三郎の姿。
崩れた姿勢からして、最初は肩にもたれていたのが転がり落ちたのだろう。
横には彼愛用の修繕道具が散らばっていたから、きっとまた小平太の壊した何かの修繕を根つめていたに違いない。
確か昨日は学園長の壊した屋根の修補を最優先にしろと押し付けられていたはずだから、他の仕事と相まって忙しかっただろうに。
疲れているところにダメ押しの小平太の破壊活動。
ついつい限界で力尽きた、というところか。
事によると、小平太は分かっていてそう誘導したのかもしれない。
無理をしがちな留三郎に無理にでも休息をとらせるように。小平太の隣で緊張が解けて息を抜けるように。
短い観察でそれだけを察した長次は、このまま暫く図書室にこもる事にした。
しばらくは部屋を開けておいてやろう。
 
部屋に残った小平太は話し相手がいるわけでもない場所で、後ろ手をついて足を伸ばして座ったままだ。
片足には重みがかかり、それを落とすわけに行かないから身動きをとることもできない。
こんなに長い時間何もせずじっとしているなんて、いったいどのくらいぶりだろうか。
それでも、ちっとも退屈なんてしなかった。
この足の重みがかかる前は、体勢こそ違うが同じように何も喋らずにずっとここで待っていた。
隣で自分のために、自分にはとてもやってられないような細かい作業をしてくれている人をじっと見ていた。
今は、疲れて眠るその人を、やはり何も喋らずにじっとただ見ている。
退屈なんてするはずがない。
バレーボールより、マラソンより、塹壕堀よりずっと心が満足している。
それでも、つい生まれた衝動には逆らいがたくて。
後ろで支えていた手を離す。下半身は動かないように腹筋だけで上半身の体勢を整えて。
そのまま頭の位置が沈んでいく。
触れた滑らかな感触に、もう少し力を入れてみる。ふに、っと凹む感触に笑みがこぼれた。
「へたれ…」
下から見上げてくるのは先ほどまで閉じられていたキツイ眼差し。
でも、頬に小平太の指が押し付けられている状態で下から睨まれても怖くなんてない。
「うーん、留三郎が起きなかったら本当にしよーかと思ったんだけど。直前に起きちゃったからね」
だから、指にしておいたんだ、と悪びれもしない笑顔が頭上から注がれた。
そこから目を逸らすように、視線を泳がせた後、留三郎は目を閉じる。
「あれ?起きないの?」
「うるさい。まだ寝たりない。寝かせろ」
そうすれば、塹壕堀にもいけないし、これ以上物も壊さないだろ?とほんの少しの嫌味も付け加えたけれども。
「それって、指じゃなくてしていーって事?」
そんな嫌味も通用しない男の屈託のない声が降って来て。
「しるか」そう呟いたのに、まるで追うように唇も降って来た。
 

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こへ留編
度量の大きな男前小平太×包まれて安心しちゃう留さん
てのもいいなあと思う。