(伊 作) 

あー、暑いなあとうんざりした気分で廊下を歩いて自室へと戻る。
基本的に自分達の部屋の戸は締め切られている。
暑い昼日中だけでも開け放してしまいたいのはやまやまであるが、染み付いた薬草のにおいで長屋に異臭騒ぎを起こして以来、同級の者達からきつく止められて いる。
暑さに耐えかね、ほんの少し隙間を空けただけで速攻ぴしゃりと閉められてしまう徹底振りだ。
だからと言って今更部屋での作業を止められもしないから仕方が無いと諦めてはいる。
そうなると、こんな部屋で一緒に我慢してくれている留三郎と言うのは相当のお人よしなんではないだろうかと思う。
普通だったらとっくに部屋移動を申し出て、承認されているだろうに。
それはちょっとはうぬぼれてもいいのかなーなんて、暑さに半分溶けているらしい脳みそで都合のいい事を考えた。
相変わらず締め切られた扉をできる限り、狭い隙間だけを空けて室内へと滑り込む。
廊下で多少なりともあった空気の動きは完全に無くなって、より一層の暑さが部屋に充満していた。
その、部屋の奥で。
「おー、伊作。おつかれさん」
「ああ留三郎。もう戻ってたんだ」
それは忍としてどうなの?と言いたくなるほどのいでたちの留三郎が文机と友達になっていた。
上衣の合わせははだけ、どうやらそれをばたばたと煽って風を入れていたらしい。
少しでも冷えている机にべったりと張り付いて、そこが熱を持てば少しずつ移動している。
この暑さだ、気持ちは充分に分かるのだが。
「ちょっと留三郎?、それじゃ今僕が後ろから殴りかかっても避けられないよー。隙ありすぎ」
尤もこんな台詞は、たった今まで廊下を歩いてきたから言えること。
自分だってこの部屋に暫くいたら同じような格好をしているだろう。
そんな事は棚上げして、ちょっと偉そうに説教なんてしてみる。まあ人間有利な状況だったら幾らでも好き放題言えるという物だ。
「暑いじゃねーか」
そんな説教すら鬱陶しそうに、机にへばりついたままちらりと留三郎が伊作を見上げてきた。相当暑いらしい。なんだか少しだけ年齢が逆行したかのように子ど もじみている。
「それに…別にお前に対して隙を見せないようにする必要ねーじゃねーか」
留三郎の言葉にこちらがあんぐりと口をあけているうちに、当たり前のこと言わせるなよというような視線を残して、反対方向を向いてしまった。どうやら今頬 を当てていた机が温まってしまったらしい。
耳から入った音が脳に伝達してその意味を理解した途端、思わず自分が床と友達になってしまった。
留三郎は面倒くさそうに、「床も冷たいもんな」と呟いた。
うん、確かに暑い。いや、熱い。このほてりを冷ますためには、床板にべったりと張り付かなくてはやってられない。
なんだよそれ、大体留三郎は自分を喜ばせる天才なんじゃないかと思う。
今年の夏は、暑くなりそうだ。
 
 
翌日、委員会の後輩達と鬼ごっこをして、無防備にも背中から飛びつかれている留三郎を見かけてなんとなくがっかりしてしまうのだったが。

 

気を赦されているのか、意識されていないのかは微妙なところだ。