ほとんど逆恨みによる黒木屋へのドクタケ忍者隊のいやがらせ。庄左ヱ門の憂慮は一年は組の仲間たちと先生方によってそれはもう綺麗に解決を見た。
まずは実家に戻って事の次第を報告し、心配はないと伝える。庄左ヱ門の祖父は感激して何度も頭を下げ先生たちを困らせていた。
それから皆で並んで学園まで戻っていく。マラソンだと言わなかったのは先生たちも機嫌がよかったのかも知れない。
問題が解決した事の嬉しさもあってか、生徒たちはいつもよりも遥かにはしゃいでいる。特に大活躍をしたしんべヱの周りには大勢が寄り添って一緒に歌など歌っていた。
そんな集団から庄左ヱ門が少し遅れて生徒達の中で一番最後を歩いていたのは、本人に聞けばおそらく学級委員長として殿を務めてるのだと言うだろう。けれどもその歩調は、学級委員としての責務を果たしているというよりは、どことなく重く、その所為で皆から遅れてしまっているのだと思われても仕方がない。
「庄左ヱ門」
「土井先生…」
そんな庄左ヱ門の隣に、さっきまで庄左ヱ門の更に後ろを歩いていた土井がいつのまにかやってきて声をかけた。
「どうした?元気がないな。家に何事もなくて良かったじゃないか」
いつものような優しい笑顔がそこにある事を分かってはいるが、庄左ヱ門は顔を上げられない。
「土井先生…僕は…」
思っていることが上手く言葉にできなくて…。ちょっとづつでも拙い言葉で表現すればきっとこの先生は分かってくれると知っているのに、いつだって頭の中で完璧に整理してからでないと口に出せない癖みたいなものが邪魔をする。
そのくせ、ちっとも上手くまとまってくれなくて思っていることが頭の中をぐるぐるぐるぐる無軌道に廻り始めて収集が着かない。
そのうちに何が言いたいのか、自分が何をしたいのか、何を考えていたのかすら分からなくなりそうで、悔しくて唇を噛んだら。
ポン
頭に触れた暖かい温度と重み。
びっくりして反射的に顔を上げればそこには想像と寸分違わない笑顔があった。
「ほら、ちゃんと前を見て歩かないと転んでしまうぞ」
ふうわりとした言の葉が降ってきて、庄左ヱ門の頭からは難しい事は抜け落ちた。
するり、と言葉が落ちていく。
「先生…。うちの事で…ご迷惑おかけしました。またトラブルに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げれば、土井の手が離れてしまってそれを少し残念に思う。
「…なあ、庄左ヱ門」
「はい?」
顔を上げれば、先ほどまで庄左ヱ門の頭にあった土井の手が、今度は自身の頬をぽりぽりと掻いている。これは土井が困った時の癖のようなものだ。
「なんで、最初に一人で悩んでたんだ?」
「え?」
一体どういう意味なのかと表情に出ていたのか、土井は再び頬を掻く。
「だって、お前問いただされなきゃずっと一人で悩んでいたろ。私達があそこで黙っていたら、私達に相談もしてくれなかっただろう?」
土井の言葉に庄左ヱ門は目を見開いた。なんでこんなこの先生はこんな風に言うんだろう。
「だって…僕のうちの…僕の個人的な事だし…。またトラブルになっちゃったら授業遅れて先生に迷惑かけますし…」
「だから、誰にも言いたくなかったのか?」
「はい…」
結果的にこんな事になってしまって結局また授業は遅れる事になってしまった。だから、庄左ヱ門はそれがずっと引っかかっていたのだ。
少しうつむいた庄左ヱ門の頭に大きな手が触れてくしゃくしゃとかき混ぜられる。
「あのな、庄左ヱ門。先生怒るぞ?」
足を止めてしゃがみこんだ土井の顔は真剣で、覚悟を決めた庄左ヱ門はきゅっと目を瞑った。
「自分で手に負えないような悩みを抱えたら、私達に相談してくれ」
しかし耳に飛び込んできた内容に、驚いて目を開ければ眼前にあるのは少し悲しそうな顔。
「人に頼らず自分で解決しよう、とか、そう思うのはとても立派な事だし、庄左ヱ門らしいれども。今回の事はそうじゃないだろう?庄左ヱ門。さっき自分で言ってたように、私達に迷惑を掛けたくないと思ったからそうしたんだよな」
「…」
「勘違いしてるぞ」
「え?」
「そんな迷惑、私達はいつだって大歓迎なんだ」
庄左ヱ門の目の前で土井の顔が笑顔に変わった。
そんな土井の目を見て、庄左ヱ門はああ…と納得をする。先ほど土井は相談『してくれなかった』のは何故かと問うた。独善でも押し付けでもなく、心のそこから庄左ヱ門が相談『してくれる』のを待っていたのだ。
「先生、すいませんでした」
「何が?」
「ちゃんとすぐに相談しに行かなかった事」
「うん」
そんなやり取りをして二人は笑いあう。庄左ヱ門が謝るべきはクラスに迷惑を掛けたことに対してではない。ちゃんとそれを理解している生徒の頭を土井は優しく撫でた。
道の向こうからきり丸が大声で二人を呼んでいるのが聞こえる。
立ち止まって話をしているうちに、一行から随分と遅れてしまったようだ。
「さあ、皆に追いつくまで走るぞー!」
「はいっ」
元気良く駆け出した庄左ヱ門の後ろをぴったりと土井がついていく。
すぐ後ろから聞こえる足音と感じる気配、そして近づいてくる級友達ともう一人の頼れる先生の気配に、庄左ヱ門は知らず笑顔になっていた。
大きく手を振って仲間達に追いつくと、今度は11人全員が団子状になって教師達に挟まれて歩き出したのだった。