それが顕著になって来たのは三年生ぐらいからだったろうか。
最初は冗談半分のからかいの言葉。
それから…段々と洒落にならないと言われ始めて。
一人、二人と距離を置かれ始めた。
そんな者たちを馬鹿なと鼻で笑っていた現実主義者さえも、降りかかる事実に認めざる得ずに瞳を逸らしてそっと離れていった。
あいつは、不運だから
一緒に居ると、巻き込まれる。
それは仕方のないことだと自分でも思う。
実技の時間に自分と組めば、必ずと言っていいほどの不利な条件になったり、不測の事態に巻き込まれるのだ。
より確実な成果を求める忍びの卵としては、不安要素を排除しようとするのはある意味で正しい判断だと思う。
そういった意味では級友達は優秀な忍たまなのだなと思えるほどに、達観していた。
勿論、次第に実技以外の場面でもそうなっていくのはあっという間。
まあそれも致し方ない事だろうと思う。遊んでいて上級生の自主錬に巻き込まれたり、茶店に行ったら暴れ馬が飛び込んで来たりなんて事が連続して起きたのだから。
もう自分でもあまり皆に迷惑を掛けるのが嫌だなあと思っていたから、近寄らないでくれるならそれはそれで楽だななどと気にはしていなかった。
それでも。
一人だけ。
出合った頃と変わらずにただ普通に接してくれる相手が居た。
哀れんで擦り寄ってくる訳でもなく、同情して世話を焼くわけでもなく、ただ変わらないだけ。
避ける事をしないから、必然的に何かと組まされる事が多かったその同級生。
何だかんだと部屋割りまで一緒になってしまったのは偶然なのか何かの画策かは分からない。
尤も他の者と同室になったところで相手が嫌がるのは火を見るよりも明らかだったから、当たり前のように決められたのかもしれないが。
ともかく、善法寺伊作と、食満留三郎はそれ以来ずっと同室のままである。
何の因果か度重なる不運に巻き込まれるうちに知らず留三郎は身体能力及び状況判断能力が向上するし、伊作自身も異常に打たれ強くなるという、笑い話のような結果までついてきた。
その頃になれば、級友達とて心身ともに成長し露骨に避けるような事もなかったが。
やはり、二人は何かとコンビを組んできたのだった。
当たり前のように、隣り合って、背中を合わせて、向かい合って。
ずっとそれが続くのだと、自然すぎて敢えて考える事すらしなかった。
それは五年生に進級する直前だったか進級した直後だったか。
とにかくあれは春の宵。
不意に留三郎が漏らした言葉。
「なあ、お前が…良かったら、一緒にいるのを止めても…」
ああ、とうとう来たかと。
当然だ、今まで散々迷惑を掛けたのだ。それが忍としての賢明な判断だ。
今まで級友達に対して思ったことと同じ事を…。
とっくに達観していたはずの事。
それなのに。
いやだ。いやだ。いやだ。
もう、自分が何を言ったかも覚えていない。とにかく留三郎と離れるのが嫌だった。
幼い頃の方がよっぽど割り切っていたというのに。
何故今になってこんなにも自制が効かないのだろう。
否、何故かなんて分かりきった事なのだけれども。
気がつけば、留三郎の手が伊作の頭の上に乗っていて、ぽんぽんと落ち着かせるように数回叩かれた。
まるで後輩に対する扱いだったけれども、不思議と落ち着いてそれに甘んじる。
我に返れば自分のした事が恥ずかしくなって、しょんぼりとうつむいた。だからとってやはり離れるのは嫌だと頑なに思っていたのだけれども。
「あー、えっとな、伊作。なんか誤解あるみたいだけど…。お前がいいんなら別に今まで通りでいいんだけどよ。本当にいいのか?」
「は?」
思わず目が丸くなるのを止められない。それはこっちの台詞なんじゃないだろうか。
驚きのあまり二の句が告げない伊作をよそに、留三郎は先ほど言おうとしたのは「やめてもいいか?」ではなく「やめてもいいぞ」なのだと言う。
彼の言いたい事が良く分からなくて無言のまま首を傾げたら、それがよほど間の抜けた姿に映ったのだろう、留三郎が噴出した。
「いや、だからさ。お前さん、不運だろ?」
「うん」
即答するのもどうかと思うが、コレばかりは反論の余地はない。何を今更と思わないでもなかったが一応肯定以外の返事はできない。
「てことは、伊作が選んだ事って結果的に全部不運に繋がるじゃないか」
「…うん、まあね…」
そう返答するのも少々情けないが、裏目裏目に出るのも事実だ。所謂「些細な罠を避けて側溝に嵌る」タイプだ。
「だから、さ。
もしかしたら、俺と一緒に居るって事が伊作の不運になっちゃうんなら…って思ったんだけど…あれ?俺なんか変な事言ったか?」
言いながら自分でもこんがらがってきたらしい。えーと、だから…と上手く説明しようと四苦八苦しているのは伊作がちゃんと理解していないと思っているからだろう。
確かに、留三郎の言葉を聞いた伊作は思考停止してはいた。
けれどもそれは彼のいう事が理解できなかったからではなく、理解した上でのこと。
数秒の沈黙の後、堰を切ったかのように言葉があふれ出していた。
それはやはり何を言ったかも良く覚えていないほどぐちゃぐちゃで、拙い言葉だったけれども。
ともかく、嫌だと。突き放されれば悲しいけれども諦めるが、自分から離れるなど考えられないと。
結果、それが不運なのだとしても、離れる事は、「不幸」なのだと。
「不運」は「不幸」ではないが、留三郎が離れるのは紛れもない「不幸」だと。
後から思い返せば、耳の後ろまで真っ赤に染まるほど恥ずかしい台詞を並べ立てていた。
けれど訂正する気などは毛頭なく。
逆に顔を赤くした留三郎に、もう良いから、わかったから、と言われるまで伊作の口からそれは溢れ続けていた。
それから我に返って。
「ご、ごめん。いつも迷惑を掛けてるのは僕の方なのに。本当はこんな事を言える義理じゃないよね」
それもまた本心ではあったのに、留三郎ときたらきょとんとした顔をしたのだ。
「あ?それは別に気にしてないぞ」
構わないと言われれば…それは迷惑だと認めた上で構わないという意味で、それだけで僥倖だとは思っていたけれども、まさか…今の留三郎の言い様では、迷惑とさえ感じていないかのようだ。
そんな馬鹿なと思いつつも彼ならばあるのだろと、今まで共に歩んできた道を思い出す。
常に自然に、あるがままにそこにいてくれた彼を。
伊作は泣き笑いのような顔をして、留三郎に手を出した。その手を不思議そうに見た後に留三郎はにこりと笑ってがっしりと握る。
「じゃあ、これからもよろしくな」
「うん」
昔に比べたら随分と大きくなった手、これから先ももっと大きくなっていくであろう手。
その変化を互いに見届けられたらいい。
今まで、不運だからと伊作から離れる人はいたけど、
自分といる事で伊作を不運にさせてしまうかもと、離れようとした人は初めてだ。
こんな考え方ができる人が傍に居てくれて、更にそれに気付く事ができて。
これのどこが不運だというのか。
「ねえ、人は僕を不運だと言うけどさ。それは人から見た不運に過ぎないよ。
僕がそれを不運と思わなければ、決して不運じゃない。そう思わないかい?」
「お前さんは強いなあ」
裏に含めた気持ちに気づくことなく感心した面持ちで口の端をあげた級友に伊作は首を振る。
「いやあ、別に不運に負けないようにとかそういう意味じゃなくてね。本当に僕はどっちかって言うと幸運だと思うんだけど」
「いやそりゃないだろ」
「うわ、ひどっ、即答?」
「強いて言うなら、今までの中で無事生きてる事が幸運な位だな」
「留…身も蓋もない」
がっくりと肩を落として、目の前で笑う人をじっとりと睨んだ。
― 人が言う不運ゆえに君と一緒にいられるのならば、その不運ひっくるめて幸運だと思ってるんだけど
もしもこの先君を失う事があるのならば、それこそが僕の最大の不幸となるだろう
シリアスにおける伊食の伊作は好きとか超越して必要というか依存してる位がいい。いない事が考えられない位に。
※ギャグなら変態で充分だ(こら)