「乱太郎が?」

保健室にいた伊作の下へ飛び込んできたのは、委員会の後輩である乱太郎の友人だった。

話を聞けばそうひどい怪我でもなさそうなので、傷薬を用意しているうちに本人が別の友人を伴って現れた。

「善法寺先輩〜、すみません」

すっかりしょげ返っている乱太郎に伊作はにこりと笑って手当てを施した。怪我はほほのすり傷のみ。

「何で謝るんだい?聞けば裏庭に仕掛けられた用心縄に引っかかったんだろう?大方誰かが撤去し忘れたんだ。君の所為じゃないだろ」

そもそも校内に罠を仕掛けるときは目印をおくのが暗黙の了解だ。それを怠ったのだからそれは仕掛けた本人が悪い。

「でも…、今日私が委員会の当番だったのに…」

軽症とは言え、けが人だし…と思って当番免除を申し渡した事が返って気を使わせてしまったらしい。

これでは、気にするなと言えば言うほどしょげ返る気がするなあと、伊作は困ったように笑った。まあそこがこの後輩のいいところであるのだけれども。

それじゃあ、簡単な仕事だけ手伝ってもらうようにしようかな、と思ったところで、とたとたと廊下を走る音が一人分。

あっという間に保健室の戸が引かれたとおもったら、そこには一年ろ組の生徒がいつもよりも顔色を悪くして立っている。

その後ろから別の級友に肩を貸されてやってきたのは。

「伏木蔵!?一体何があったんだい?」

同じく保健委員の一年生だった。

「落とし穴に落ちちゃったんです」

消え入るようなか細い声で説明するのを聞いて、伊作はため息をつく。落とし穴といえば、犯人の見当は大体二人に絞られる。

「まったくもう…綾部にしろ小平太にしろ迷惑な話だよ」

自身もその被害をこうむったことのある伊作は、今度みっちり説教してやらねばと思うのだが、どうせ言っても無駄なのだろうとも心のどこかで思っている。

「それが…」

「どうしたの?」

落ちた伏木蔵を引っ張り出す手伝いをしてくれたのは当の綾部だったのと言う。その時にこれは自分が掘ったものではないと明言していたらしい。

救出後にまじまじと穴を覗き込んで、見事な穴だと惚れ惚れしていた感覚は一年生には良く分からなかったようだが。

そんな感覚六年になったって分からないよと、心の中でため息を吐きつつ、それでは小平太の仕業でもなさそうだ。彼がクナイで掘った荒削りな塹壕では綾部は納得すまい。

「まあ、ともかく大きな怪我が無くてよかった」

幸い伏木蔵の怪我も大したことはない。足の痛みは落ちた衝撃によるもので捻ったり打ち身にはなっていない。乱太郎と同じく少し顔をすりむいているだけだ。

「まったくもう…どこかの学年でテストでもあるのかな?」

学園内で自主練も結構だが、人に迷惑をかけるのはよくない。

少々憤慨しながらも、救急箱をしまう。その後ろで乱太郎に伏木蔵、そして彼らの友人が顔を見合わせていた、

「ああ、もういいよ。乱太郎も帰りなさい。あとは僕がやっておくよ」

振り返って言うと、まだ乱太郎が困った顔をしたが、伏木蔵もいる事であまり強くは出られずに頷くと申し訳なさそうに保健室を後にする。

二人が保健室を出てから暫くは、何事も無く…というかいつもどおりの喧騒が学園を包み込んでいた。

しかし、それから数刻、かつぎ込まれてきたのはまたもや保険委員の、今度は二年生の左近であった。

怪我の具合はやはりそう酷くはないものの、一年生達よりは少々厄介な軽い捻挫である。

更に、左近の包帯を巻いている最中にやってきたのは三年生の数馬だった。

「君も…?」

数馬の怪我は軽い火傷。

いずれも軽症とは言え、そろいも揃って保険委員達が怪我をするとは。

一つ一つはこの学園であれば日常茶飯事のもの。まして不運委員会との呼び声高いこの委員会メンバーが同じ日に少々の怪我をしたところで、きっと他の生徒達は苦笑しながら、さすが不運委員と言うだけだろう。

けれども、伊作は何か引っかかるものを感じていた。怪我の状況を聞くに、不運だから…とでは片付けらない物を感じるのだ。

悪意は感じないが、何か作為めいたものを感じてしまうのは伊達に六年間も不運委員を務めてきたわけではないという自慢にもならない直感ではあるが。

「でも…何のために?」

たとえば誰かのイタズラだとして、たまたま不運な者達が引っかかったのか、それとも保険委員を狙ったのか?どちらにせよ、一体誰が何のために?

考えても判断材料が足り無すぎる、伊作は少しイライラしたように爪を噛んだ。

それと同時に、音も無く背後でふすまが開く。

振り返りもせずに伊作は珍しくも不機嫌を隠さない声を投げかけた。

「またいらっしゃったんですか?貴方も懲りませんね。そんなにお暇なんですか?タソガレドキ軍は」

「まあ優秀な部下がいるからな」

とても曲者とは思えぬ態度で飄々としているのはタソガレドキ軍忍者隊組頭だった。

相変わらず腹の読めない相手だとため息をつきながら、伊作はゆっくりと振り返る。

「じゃあ、たまにはその部下さんを労ってあげたらどうですか?今は貴方のお相手している気分じゃないんです」

「これは嫌われたものだね」

「ていうか、貴方一体何しに来てるんですか?」

初めて現れた時こそ建前はあったものの、雑渡はそれ以来意味も無くふらりとやってくるようになっていた。勿論入門票など記入した事は無い。小松田に気付かれる事さえなくやってきては、何をするでもなく伊作の元へ現れてはそのまま帰っていく。

勿論教師陣は気付いているのだろうけれども、敢えて大事にはしないようにしている節がある。先生達がそう判断したのなら、一生徒である自分が何を騒ぐ事は無い。

「いや、伊作君は面白いなあと思っているだけだよ。とても興味深いなあと」

「やっぱり暇なんじゃないですか」

「いやいや、とても有意義な事だからね。ただの暇つぶしなんかじゃないさ」

人差し指を立ててゆらゆらと左右に振る姿はやはりとても真剣な様子には見えない。

「まあ、君自身だけは大体観察したしね。今度は趣向を変えてみようかと思ってね…」

「何…?」

いつも、来ては何をするでもなく、のらくらとした会話だけをして帰っていく彼の、常とは違う言葉を耳にして伊作はピクリと眉を上げた。特に敵意を感じる訳でもないが、とかくこの男は油断がならない。何を考えているのか分からない相手と言うのが一番たちが悪い。

「化学変化というやつかな。色々な条件や組み合わせで変わっていくものだ。薬も混ぜれは毒となる、毒も混ぜれば薬となる…のは君も良く知ってることだろう?」

「それは勿論心得てます」

伊作は冷めた目で頷いた。

「しかし、それを己には当てはめてもらいたくないですね」

目は口ほどに、不愉快だとはっきりと物を言う伊作に、雑渡はくつくつと笑った。

「ああ、気を悪くしたならすまない。まあ実験だよ実験。中々意外性がありそうで予想以上に楽しいんだ」

その言葉の中身に、伊作が目を捲りちょっと待てと言い掛けた時には、既に眼前に彼の者の姿は無かった。

いつもとは違って忽然と姿を消した雑渡に、伊作は頭の中を必死で回転させる。

 

 伊作を観察していると言い放った雑渡だ。実験というのも同じ事には違いない。

 

― 条件を変える?一体何をする気だ?いや…『予想以上に楽しい』と言ったな。既に行われた…そして現在実行中なのか?

 

普段の観察とやらは、単に伊作を訪ねては愚にもつかない事を聞いていくだけらしいのだが、今回は趣向を変えたと言う。それが一体何を指すのか…

 

― 組み合わせ…だと? ま、さか…

 

行き着いた一つの仮定に、唇に当てた親指をがりりと噛んだ。

不運と呼ぶにはお誂えすぎる保険委員達の怪我。

各学年毎に、あざ笑うかのように対応した罠や事故ではなかったか。

あれを人為的と呼ばずになんと呼ぶのか。

なるほど奴ならば、綾部が見惚れる程の落とし穴をしつらえる事ができるだろう。

 

― でも、何のために? 

 

知れたこと。当人が言っていたではないか。観察だと。

 

― 僕自身の観察に飽きて、周りの人を巻き込んだのか?

 

身近な者の怪我に対してどのような反応を返すのか。 

おそらく、悪意は無く。純然たる興味で持って。だからこそ、幼い子供達は軽傷で済んでいる。

けれども…年齢に応じた怪我を負わせられるというのも計算しつくされた、技量の賜物だ。

 

そこまで考えが至り、伊作は最も恐れるべき事態を予測する。

雑渡は先ほどの言葉を進行形で語らなかったか。まだ彼曰くの実験は終わっていない。

伊作の身近な人たちと言えば、保健委員会の後輩達だ。そして彼らは既に被害に合っている。残るは…

「留三郎!」

同じクラスで、同じ部屋。最も近しい間柄と言ってもいい相手。

そしておそらく、伊作の反応を見るのに最も適した対象だ。

一年生から三年生相手には洒落のようなもので済んでいるが…果たして六年相手にはそれで済むだろうか。

こんなものはただの当て推量で、確信もない。予想が間違っていればいいと思うが、今までそれなりに培ってきた状況把握の能力は伊達ではない。

驕る事もしないが、願望で可能性を打ち消すほど愚かでもなかった。

間違いであればそれでいい。彼に何も起こらなければいいのだ。

そこまでの判断を一瞬にしてすると、伊作は保健室を飛び出した。

広大な学園の中でも裏手に存在する用具倉庫。この時間ならばきっとそこにいるだろう。

走りながら、視界の隅に用具委員の下級生の一人が遊んでいるのを認めた。委員会活動は行っていないようだ。ついでに言えば文次郎の姿も見かけたので喧嘩もしていない。

ならば、下級生が扱うのは難しい用具の置いてある倉庫か。

倉庫の中でも更に人気のない箇所だ。

それは、幸か不幸かどちらに転がるのだろうか。

伊作はただひたすらに走り続けた。

 

 

空気を切り裂く音がする。

授業でも、自主錬でもない状態で、この学園内ではありえない事態であったが、そんな事が言い訳になる学園でもない。

第一不意をついたにしてはあまりにもあからさますぎる。

食満は焦ることもなく背後から飛んできたクナイを避けて振り返る。

「やあ」

避けられることすら想定していたのか、それを放ったと思われる相手は平素の顔でそんな事を言う。

「アンタ…確かタソガレドキの…」

「おや、私を知っているのかね?」

「まあ、あの一件に関わっている人物だしな。大体アンタの人相風体は目立つだろ。特徴さえ聞いていれば、見当はつく。尤もそれを利用して別人が成りすましていたら、分からんがね」

相手がすぐには仕掛けてくる意思がなさそうなのを見取り、食満も激することなく応対をする。

そんな態度を見て雑渡はおかしそうに目を細めた。

「まあ、尤もだ」

「で?どうした。いつもみたいにおとなしく帰らないのか?大体アンタが用事があるのは伊作だろ」

「おや?もしかして私が来ているのは有名なのかな?」

「…何をいまさら。この狸が」

本人だって別段忍んでいないくせに。下級生と事務員以外は皆知っている事だ。

「…それなのに、こんな事をすれば、教師達だって黙っていないぞ。アンタだってうちの教師陣を敵に回したくはないだろ?」

ちらりと後方に落ちたクナイに視線を落とす。例え本気でなかったしても、生徒に武器を向けた事実は残る。もうコレまでのように沈黙はすまい。

「そうだな。それはごめんこうむりたい。だが、まあおそらく今日で最後になるんじゃないかと思うんで、あまり気にしていなかったよ」

「最後?」

眉を眇めた食満に対して、言葉通りだとだけ返された。

「大体、アンタ伊作に興味あるらしいが、スカウトでもしようってのか?」

それを断られて諦めたとでも言うのだろうかと思ったのだが、見事なまでに笑い飛ばされた。

「はははっ。スカウトする気はないよ。私が彼に対して持っているのは純然たる興味だ。部下にするにはちょっと手に負えない相手だね」

「それは、アンタが伊作を従えようとしてるからだろ」

そういう意味では確かに手に負えない相手だろう。

「ああ…そうか。そうだな…。ふむ。それには気がつかなかった。なるほど、全く持ってますます面白い。

 …ああなるほど、だから、君…か」

突然ぶつぶつと呟きだした雑渡に食満は怪訝な目を向ける。会話をする気もなく、ただおかしそうに己の中で話を進めているようだった。

一体何なんだ…、できればあまり関わりあいたくはないと背を向けたい気持ちを抑えて食満は彼を注視していた。さすがに放置して置くわけにも行くまい。

シュッ…と頬の横で空気が切り裂かれる音がした。

先程と良く似て微妙に異なる音。

食満は背中に嫌な汗が伝うのを感じながら目の前の曲者から眼を離さない。

何の前触れもなく投げつけられた手裏剣。まったく動きを読む事ができなかった。

紙一重でかわしたが…それは何とかぎりぎりで避ける事ができたと言った方が正しい。

「なんの真似だ?本気でここで揉め事を起こしたいとでも?」

表面的には冷静に相手をにらみつけた。精一杯の虚勢だ。

「おや、力加減間違えたかな。良く避けたね」

食満の言葉などまるで聞こえていないように、雑渡は相変わらず淡々と呟いている。

彼の目つきに本気を感じ取り食満は奥歯をかみ締めた。

先ほどここに来るのは最後になると言ったのは、このためか。二度と足を運ばぬ覚悟でこんな事をしているというのだろうか。

その意図がさっぱり読めなくて食満は相手の出方を伺うしかなかった。

「!」

今度は避けきれず頬と腕を掠めてしまった。深くはないもののぴりりと引き連れたような感触が精神を逆撫でる。

「やはりたまごとは言え六年生ともなるとあの子ども達のようには行かないねえ。もう少し重症を負ってもらいたいんだがなあ」

「な、にを…」

彼が何を言っているのかまるで意味が分からなかったが、少なくとも下級生の誰かにも怪我をさせたらしいことだけは理解して食満の頭に血が上る。

「貴様…」

「んー?君も中々面白い反応をするなあ。だが…若いねえ」

雑渡はまるで世間話をしているかのような口調で言葉を紡ぐが、その動きは言葉とはまったくかけ離れている。

「くそっ」

またも相手の行動に反応が一歩遅れてしまい、今度こそ避けきれないであろうクナイをせめて急所は外すために左腕を犠牲にする。

衝撃に備え、筋肉を張り詰めた瞬間―

キィンッと鉄のぶつかり合う硬質な音が響いて、予想した衝撃はやってこなかった。

「お、ちょっと早かったね、伊作君」

「伊作!」

正確に雑渡のクナイを弾き飛ばしたのは伊作の投げたクナイであった。

常からは考えられぬほどの怒気をむき出しにして伊作は雑渡に対峙する。

「ある意味あなたの狙いどころは正しいよ…」

純粋に、伊作の反応を見たいが為だけなのだとしたら。

「伊作君が早かったというか、彼が思ったより上手く避けたというか…まあ何にせよちょっと傷は浅すぎたね」

殆ど成り立っていない会話に食満は取り残されたようにぽかんと二人を眺めていた。

その頬と腕に滲む血に既に気がついている伊作は、表情を動かす事もなく低い声で言い放つ。

「傷の深い浅いは関係ない。意味もなく傷を負わせたこと…いや、負わせようと考えた事だけでそれは赦される事じゃない」

「意味ならあるじゃないか」

「貴方の勝手な興味本位とやらは理由にならない。戦場でまみえるというのなら納得はするけれどもね」

やっと成立しだした会話ではあるが、雑渡は相変わらず飄々とした目を向けていた。

「…戦場で?だったらとっくに君達の命はないよ?」

「でしょうね」

「ほう、その覚悟をもってして言うか」

にぃ…と覆面の下で雑渡が笑う。こちらから伺うことができるのは片目だけにも関わらずその笑みは人の背筋を凍らせる。

「やはり、面白いなあ、君は」

顔は完全に伊作を向きながら、忍刀を構えた雑渡は食満に向かって真っ直ぐに飛んでいった。

「お」

それでも、その一瞬の隙に二人の間に飛び込んで雑渡の刃を受け止めたのは伊作であった。

間近でまみえる顔に、再び雑渡はにやりと笑って身体を引いた。

それを負う様に伊作も間合いを詰めて今度は雑渡の喉元に切っ先を突きつける。

まさかその太刀筋が読めなかった訳でもあるまいが、なすがままに刃先に喉元をさらけ出したまま雑渡は笑う。

「いい殺気だ。本当に君は面白い」

くくくっと喉の奥を鳴らして。

もし、実際に狙っていた通りに食満にそれ相応の傷を与えていたのなら、この刃先はためらいもなく己に突き刺さっていたのだろうと、眼前の伊作の目を見て、そして纏う殺気を感じて思う。

少し惜しかったと思うのも本音。きっともっと面白い事になっていただろうに。

そして、やはり手に負えない相手であるという確信もより強くした。

― まあだからこそ面白いのだがね 

「大体、観察は終えたよ。予想以上に面白かった」

「だったらとっとと帰ってきてくれませんかね」

唐突に現れた声の主に、伊作も食満も一瞬気を取られた。

その隙を逃さずに雑渡はひょいと後ろに飛びのくと声の主…彼の部下の隣に並ぶ。

「まったく、うちのお頭が面倒かけてすみませんね」

上司に似てどこか飄々とした雰囲気を持つ男が、へらりと笑った。

「なんだよ。面倒とは失礼だな」

「面倒以外のなんだっていうんだ」

いつのまにいたのかも分からなかった男に動揺しながらも、それを押し殺すように食満が呟いた。先ほどから何がなんだか全く分からない。

「まあ、私はとりあえずこんな風にここを訪れる事はもうないと思うから安心したまえよ」

「んもー、何言ってんですかお頭。あんなに殺気たれながして。ここのせんせー達めっちゃぴりぴりしてますよ!これ以上なんかしたら確実に出てきますって!ほら、帰りますよ」

「ああ分かった分かった。じゃあ、次は…戦場で会えるといいね」

そう言った次の瞬間にはもう二人は学園の塀の上に立っておりあっという間にその姿は掻き消えた。

「なんだったんだあいつ等は」

頬に滲んだ血を無造作にぬぐいながら食満が呟いた。

「留三郎…怪我は?」

「あ?大丈夫だ…かすっただけだし」

「ごめんね僕の所為で」

「お前の所為じゃないだろ。いきさつは良く分からんがさっきお前が言ってた様に、なんだか良く分からんアイツの身勝手な理屈なんだろ?」

走りよって来た伊作の方が酷い顔をしていると食満は笑った。その笑顔にやっとホッとした顔を見せる。

「でもまた僕の不運に君を巻き込んじゃったなあ」

「アイツに目をつけられたのは不運かも知れないが、それ以外はただの災厄みたいなもんだ。巻き込まれたとも思わんよ」

食満としては蚊帳の外で良く分からない事だらけであったが、敢えて深く追求はしなかった。雑渡が先ほど言っていた下級生への手出しが少々気になるが伊作の様子から言って、大事無さそうで安心をする。

「お前達、早く医務室へ行って手当てをして来い」

「山田先生」

木陰から突然現れた教師に、二人同時に振り返った。まああれほどの大騒ぎを起こして勘付かれていないとも思わなかったが。

「奴らが学園から離れるのは木下先生が見届けておるよ。まったく良く分からん奴らだ。尤もかすり傷とは言え生徒達に傷を負わせたのは事実だからな。以後はもう二度とこの学園へは入らせんよ」

様子を伺っていたのが却って仇となってしまったと、山田に頭を下げられて伊作は恐縮してしまう。

ため息を吐きながら、あんな思考回路読めるわけがないと吐き捨てたのに、山田も苦笑しながら同意した。

後のことは教師達に任せて二人は医務室へと移動する。

伊作が飛び出してしまった後の医務室は空っぽになっていて、まさに周りが一切見えていなかったなあと思い返した。

それでも食満の傷を手当しながら、あと少し遅れていたらと思うとぞっとする。

「ほんと、ごめん」

「いやだから…」

「だって僕が気にするんだからしょうがないじゃないか」

頬に張られた絆創膏に手を当てて伊作が口を尖らせる。

つい先ほどまで、下級生が見たらおびえるほどの殺気をほとばしらせていた奴とは思えない程の子どもじみた行為。

「…まあ確かに、お前は見てて面白い奴なんだろうな、伊作」

人としても、忍のたまごとしても。

その上予想外の顔を見せるとなれば。

「僕の行動理念は『保険委員』と『留三郎』だから結構単純だと思うんだけどなあ」

「お前は何を言ってるんだ…」

そもそもその『保健委員』という理念が忍としては異端なのだと言いたかったが、それ以上にその後の戯言が引っかかる。

憮然とした表情をしていたら、伊作が眉間にしわを寄せていた。

「…もしかして留、あの人が君を狙ったのはただの偶然だとか思ってる?」

「は?俺がたまたま一番ひと気ののない場所にいたからだろ?あそこは目に付きにくいし」

大真面目な顔で答えた食満に伊作は大きなため息を一つ。

「あーあ。彼の眼の付け所は結構良かったんだよねー」

「え?」

まだ良く分かっていない食満の頬にはまだ伊作の手が添えられたままだ。

それをぐいと引き寄せて。

「…お前…」

「ったく、いい加減自覚してよ。」

 

今宵、懇々と言い聞かせてやろう。

伊作の行動理念の中核をなしているのが食満であることを。いかに彼で占められているのかを。

彼のためであれば、何にでもなると言えば、一体どんな顔をするのだろうか。

伊作は食満の肩に顔をうずめてクスリと笑った。

きっと、食満はそれでも何も変わらないのだろうなと思いながら。

 

 

 

 


アニメの雑渡さんが出て来る前のネタ出しだったのですが予想外に時間がかかってしまった。
アニメ版の雑渡さんだともっとお茶目ですよね。本当に普通に医務室に茶を飲みに来てそうです。部下さんと。むしろ部下雑ぐらいの勢いで(黙れ)

ところで、留さんは、伊作の事は自分に関すること意外はとてもよく分かってるのに、伊作がどんなに留さんで占められているかとかは無頓着と言うか無自覚だといいなあ。
というか、誰に対しても自分の事はにぶいといい。 

※途中でいさく‥‥&保険委員Sのみ名前表記だと気がついたのですが、直すの面倒でそのまま〜〜