授業も終わった放課後の忍術学園。
自主鍛錬に励む者、予復習にいそしむ者、元気に遊ぶ者、そしてのんびりと日向ぼっこで昼寝をする者。
そんな授業後も活気溢れる学園に、見慣れぬ忍服を着た子どもが一人。
「あれ?ねえねえ、乱太郎、きり丸ぅ、あれ見て」
うらうらとした太陽の下気持ちよく寝転んでいた一年は組の三人組。見慣れぬ子どもに気がついたのはその一人しんべヱだった。「あー?どしたしんべヱ」
「何何ー、あー、あれって…」
「ん?あ…あれ、ドクたまのしぶ鬼じゃん!」
「何しに来たんだろう?」
「行ってみよう」
三人は無駄に発揮される行動力であっという間に走り出す。
その間にもしぶ鬼はきょろきょろと辺りを見回して学園内を歩き回っていた。「…怪しい」
「うん」
「何か探してるみたいだよね」
「声かけてみよう」
「おい!しぶ鬼!」
「あ、乱太郎きり丸しんべヱ」
「お前何してんだ?」
怪しいとは言いつつもあまりにも堂々としたその姿に、乱太郎達もそのまま素直に声をかけた。
予想通りしぶ鬼もまるで外で会った時のように普通に名前を呼んで挨拶を交わす。
何をしているのかというきり丸の問いにも、まったく悪びれる事もなく元気に応えたのだった。「えーとね、宿題で。忍術学園の火薬倉庫の場所を調べにきたんだー」
あっけらかんと言い放つその台詞に思わずコケてしまったのは三人の方だった。
「いーのかよ、そんな事俺達に言って」
「ていうか、もうちょっと忍んで来ようよ」
「変装もしてないしね」
「ところでどうやって学園の中に入ったの?」
「え?普通に門から入ったよ。ちゃんと入門票にも記入したよ」
お約束と言えばお約束な展開にもう乱太郎も苦笑いを浮かべるしかない。
「小松田さん…」
あきれ返った三人の横でしぶ鬼はまだきょろきょろと周りを見回している。律儀に宿題を済ませようとしているらしい。
「ねえ、どうするアレ?」
「ほうっておいてもいいのかなあ」
「ほっとけよ」
「ええ〜?いいのきり丸?」
「だって、どうせまともに調べられるわけないじゃん。ホラ」
「あ、しぶ鬼が綾部先輩の落とし穴に嵌ってる」
「落とし穴から抜け出たけど、そこに伊賀崎先輩の毒虫が!」
「な?多分この後田村先輩のユリ子の砲弾が飛んできたりするぜ。大丈夫だって」
「うーん、それは別の意味で大丈夫じゃないような…」
「とにかく、俺この後バイトだから〜じゃ、あとよろしく」
それだけを言って、きり丸は二人をおいて風のように去っていってしまった。バイトに行くきり丸を止められない事は良く知っているから無駄な労力はせずに、おとなしく見送り、その間にしぶ鬼はきり丸の予言どおりに砲弾から逃げ回っていた。
「あ、塹壕に落ちた」
「でも、これで避けられて良かったねえ」
なんて事をのんびりと言いながらも、二人掛りでしぶ鬼を助け出す。
「あ、しぶ鬼、怪我してるよ。医務室行こう」
怪我と言うか既に全身ぼろぼろなしぶ鬼の手を引いて乱太郎は医務室へと向かう。その後ろをしんべヱがぽてぽてと追いかけて行くのであった。
「失礼しまーす」
「やあ、乱太郎どうしたの?」」
くるりと振り返ったのは乱太郎が所属する保健委員の委員長善法寺伊作であった。
手を引いていたしぶ鬼の怪我を見てほしいと言おうとして乱太郎は固まってしまう。
伊作が今の今まで手当てをしていた先客がいたのだ。
そこにいたのは、伊作と同じく六年生の潮江文次郎と七松小平太。更にはその横に中在家長次と立花仙蔵も居たのである。「ふ、福富…」
しんべヱが顔をのぞかせた途端、仙蔵が引きつったような声を上げたが、乱太郎としんべヱ、そしてもう一人だけだと悟ると何とか取り繕った。
「あ、後ろは気にしないでー。例によって自主錬しすぎて怪我した馬鹿二人だから」
「なにおう!」
「いさっくんひどい!」
「…怪我を放置しようとして私達に引きずられてここまで来た阿呆は誰だ」
あまりの言われように抗議した二人を更に仙蔵がぴしゃりとやり込める。
「はあ…」
そうそうたる顔ぶれに少し気後れしていた乱太郎に伊作は笑顔で訪ねてくる。
「で?どうしたの?」
「あ、そうだ。しぶ鬼が怪我したんで診てくださいー」
「ああはいはい」
伊作はしぶ鬼に向き直るとあちこちの擦り傷切り傷を手当てしていく。
その間当然の如く文次郎と小平太は放置である。「大体学園に入り込んだ敵をなぜ手当てするんだ」
文次郎の言うことはとりあえずは間違ってはいない。けれども。
「こんな子供に敵も味方もないだろ!怪我してるのに!」
ものすごい剣幕で伊作に怒られ、本人もそれを認めたのか取り合えずはおとなしくなる。
「あ…これはずしてもいいかな?」
顔の傷を手当てしようと、伊作はしぶ鬼のサングラスに軽く触れた。一応顔を隠しているものだから了承はとる。
しぶ鬼の方は大して重要視はしていなかったらしく、それに簡単に応じサングラスをはずした。「あれ?」
素顔のしぶ鬼を見た伊作の手が止まる。
「善法寺先輩?」
不思議そうな乱太郎の声で我に返って、あわてたように顔の傷に薬を塗りこめた。
これで一応すべての傷の手当ては終わったが、伊作はやはりしぶ鬼の顔をじっと見つめていたのだった。「えーと、なんですか?」
さすがに気になったしぶ鬼当人の問いかけに、伊作は曖昧に笑って見せる。
「ああごめんね。いや、君が誰かに似てるような気がしてね…」
「はぁ…」
そんな事を言われても、己では良く分からないし今まで他の誰かにそんな事を言われた事もない。
乱太郎としんべヱも不思議そうにしぶ鬼の顔をのぞきこんで来て少し居心地が悪い。「んー?誰か?誰だろう。分かる?しんべヱ」
「えーと…わかんない…あれえ?でも…うーん、確かにどっかで見た事あるような?」
首をかしげて一回転しそうな勢いの三人の後ろから、ぼそりと小さな音がした。乱太郎としんべヱはそれが何なのかは聞き取れなかったが、伊作だけがぽんっと手を打ち鳴らす。
「あー!!留だー!!そっか!長次ありがとう!君、留三郎の一年の頃に良く似てるんだー!」
あはははっと叫んで納得した伊作の後ろから、他の六年生たちもわいわいと覗き込み始めた。
「ほお、なるほど言われてみれば確かに」
「うーむ、そうか?うーん…」
「お前は想像力が足りないからなあ文次郎」
「なんだとコラ」
「あはははっ確かに似てるかも。でも留ちゃんの方がもうちょっとほにゃっとしてたんじゃないかな?昔」
「こへーたナイス表現!」
がやがやと勝手に盛り上がる六年生たちをよそに、当の本人は目を白黒させたまま逃げることもできず固まっており、乱太郎としんべヱも顔を見合わせていた。
「とめさぶろうって、食満留三郎先輩の事?」
「そうじゃないかな。あー、確かに食満先輩に似てるかもしぶ鬼ー!いつもサングラスしてるから気がつかなかった」
「しんべヱがそう言うのならそうなのかな。委員会の先輩だしね」
うんうんと納得している二人に、しぶ鬼が救いを求める眼を向ける。
「ねえねえ…その人誰〜」
先程から好奇の目にさらされていてさすがにいたたまれない。
その様子に気がついた伊作が、ごめんごめんと謝った。「あ、しぶ鬼君だっけ、ごめんね、つい盛り上がっちゃった。気を悪くしないでね」
伊作の横からしんべヱもひょいと顔をだす。
「そうだよ。食満先輩はとっても格好いいから似てるって言われてうらやましいなあ〜しぶ鬼」
純粋なしんべヱの目を見ればとてもおせじを言っているようには見えずしぶ鬼は少しだけ気をよくしてしんべヱへとたずねた。
「本当?その僕に似た人、格好いいの?」
「うん!あのね!強くて格好よくてね、壊れた物なんでも修理しちゃうし、時々僕達におもちゃ作ってくれたりするよ。怒ると怖いけど、でもすごーくやさしいし!」
しんべヱが言葉を続けるたびにしぶ鬼の瞳が輝いていく。
「それからね」
「…アイツより俺の方が強い!あんなへたれ…ぐぁ!」
更に続けようとしたしんべヱの横から文次郎が熱く横槍を入れようとした所で仙蔵の拳が文次郎にヒットした。
「何をするー!」
「この馬鹿文!己に似ていると言われている者を馬鹿にしたり貶めたりするような言葉を聞かされて気分が良い訳なかろう」
なぜか少しイラついたような仙蔵の容赦ない言い草も次いで飛んできた。
「そうだよ文次郎。ましてや相手は子供なんだから」
「…」
「あははっ長次が『デリカシーがない』だって」
「でりかしい?なんだそりゃ」
「心の機微を計る事だ!まったく!相手の心の機微を利用して術をしかけたりもするのだから少しくらいは気遣いを見せろ!」
全員からくそみそに言われて、それでも一応正論なので何も言い返せない文次郎であった。
うぬぬぬと唸っている文次郎をよそに、しぶ鬼の目はますます輝いていく。「そっかあ〜。な、なんかそんなに似てるんなら僕もそんな忍者になれるかなあ〜なんちゃって…えへへへ」
「わあ、単純…」
さすがに力なく入った乱太郎の突っ込みも耳に入らぬしぶ鬼はすっかりやる気になってる。
そこへ現れたのが。
「おい、外の塹壕と壁の穴…お前達だろ…ってなんだ雁首そろえて」
「あ、食満先輩」「留三郎!」「ええっ!?この人が!?」
まさに時の人、食満留三郎であった。
口々に発せられたその名前に、しぶ鬼がきらきらとした目で振り返る。「な、なんだ?」
思わぬ反応を返されて、留三郎は驚いたように周りを見回すが皆一様にこちらをにやにやと笑って何も答えてはくれない。
そんな中、見慣れぬ顔の子供がじっと自分を見つめているのに気がついて留三郎はひょいとしゃがみこんだ。目線を合わせるように覗き込んで、隣にいるしんべヱへちらりと視線を送る。「あ、食満先輩紹介しますー。しぶ鬼ですー」
そういえば以前に一度同じ場所であった事がある。尤もその時にはサングラスをしていたので顔は良く分からなかったが。
「あ、あの!僕ドクタケ忍術教室のしぶ鬼です!えっと!僕がんばってあなたみたいな立派な忍者になりますー!」
同じ高さにあわせてくれた目線をしっかりと合わせてしぶ鬼が叫ぶ。どうやらしんべヱが語った食満像は本物を見ても崩れることはなく、むしろ大変お気に召したらしい。
突然の宣言に、乱太郎たちはあっけに取られ、六年生達も笑いをこらえるのに必死なようだ。
一方何がなんだか分からない留三郎ではあったが、一生懸命な相手を前に、なんとか笑顔を浮かべてやるのであった。「そ、そうか。頑張れよ」
「はい!頑張ります!」
大真面目な返事が帰ってきたので、とりあえずいつもの癖でくしゃりとその頭をなでてやる。
「うわあ、さっすが留。下級生扱わせたらドクタマもお構いなしだね」
「ていうか、二人並ぶと超ウケるー!」
後ろで伊作と小平太がこそこそと話しているのを、乱太郎はやれやれと聞いていたが、確かに小平太の言うとおり二人並んでいると、確かに今まで盛り上がっていた内容が正しかったのを認めざる得なかった。
しぶ鬼は頭に乗せられた重みにくすぐったそうに笑う。
その手が離れたのと同時に、勢い良く向き直り乱太郎に叫んだ。「よおーっし!頑張るぞー!じゃあ僕もう帰るね!修行しなくちゃ!じゃーな乱太郎しんべヱ!」
「あ、しぶ鬼ー」
「…いっちゃった…宿題どうするんだろう?」
「ま、いっかあ」
「そだね」
いつもどおりのんびりと会話する二人と、やっぱり何だか良く分からない留三郎。
その後ろで相変わらず六年生が盛り上がっていた。「ねー、あの子さ、留がドクタケ忍術教室の先生にスカウトされてたって知ったらどんな反応するかなあ」
「何?それは初耳だ」
「…仙蔵すっげえ楽しそうな顔してたぞ今」
「楽しいとも」
「まー、修行する気が出たとは見所のある奴。留三郎目指すと言うのは不本意だが」
不穏な物を感じ取り、乱太郎としんべヱはそそくさと医務室を後にした。
残された留三郎だけが、いつまでも同級生達のニヤついた視線にさらされていたと言う。
そうしてその後、忍術学園を性懲りもなく訪れるドクタマであったが、そのたびに妙にしぶ鬼に懐かれ、ついうっかりいつもの面倒見のよさを発揮してしまいますます泥沼にはまっていく留三郎や、その様子を物陰からハンカチをかみ締めて嫉妬している魔界之の姿などが見られたらしい。
まさかのしぶ鬼食満…!新境地?
いやあの…参考資料は落乱22巻62〜68頁辺り。サングラス取ったしぶ鬼がちまこい食満に見えてしまいました。このアホどうにかしてください。
当初は伊作がもうちょっと変態ぽかったりしたんですが…自重しました。……石はなげないで下さると有り難いです。反省はしております。