今日も今日とて、四年生の平滝夜叉丸は意気揚々と学園内を闊歩していた。幸いな事にこの後に委員会の予定もないのでずたぼろになるまで走らされる事もない。
この後はいかに過ごそうかと、思案して。さて愛しの輪子に磨きをかけようかと思いついたところで、突然に目の前に影が差して声が降ってきた。

「おい、平」

声と同時にぽいっと放られたものを条件反射でキャッチする。

「これは…」

「見て分かるだろ」

目の前に立ち、にっこりと笑っているのは。

「食満先輩…これで、どうしろと?」

「そんなもん使ってやる事と言えば、穴を掘るか埋めるかだ」

まあ確かにそのとおりだろう、放られたのは穴掘り用の道具だ。
いやそうではなく、聞きたいのは何故こんなものをこの滝夜叉丸に渡されたのかという事で…。
目の前の六年生は更ににーっこりと笑みを濃くした。その笑顔が怖いのは気のせいだろうか。

「体育委員会が塹壕堀りまくった所為で学園中が穴だらけだ。責任を持ってお前が埋めるのを手伝え」

「えええええ!!私が!?」

確かに体育委員会が穴を掘りまくったのは認めよう。しかし、掘ったのは主に委員長である七松小平太である。
それは理不尽ではないかという目を向ければ、やっぱり顔は笑みのままで。

「連帯責任」

とだけ返された。

「ううっ…」

確かに理はあちらにある。実際に無秩序な塹壕に落ちるという被害が学園中で主に下級生を中心として被害が続出しているのは耳に入っているのだ。

「わ、わかりました〜」

「よしっ!平は素直だなー」

素直と言うよりは、あの委員長の下についていると諦めが良くなるのだと思いながら、了承の返事をした途端に怖い笑みから本来の笑みに表情を一変させたこの用具委員長の背中について歩き出すのだった。

 

「とりあえず、ここを埋めてくれ」

「はい…」

しっかり頼むぞーと言い置いて、用具委員長こと食満留三郎はくるりと辺りを見回した。
何を探しているのかと思えば、目当てを見つけたらしく走っていくその手には滝夜叉丸に渡したものと同じ用具が握られている。

「おい!仙蔵!って投げ返すな!」

どうやら探していた相手は作法委員会委員長立花仙蔵らしい。
滝夜叉丸と同じように声をかけるのと同時にそれを放り投げたのに、今度の相手は素直には受け取ってくれず返す手でそのまま投げ返してくる。

「このようなものを放られる謂れはない」

「お前な…!覚えがないとは言わせんぞ!お前のところの綾部が落とし穴を掘りまくってるのは周知の事実だ。とっとと責任取って埋めやがれ!」

「喜八郎をか?」

「落とし穴をだ!!なんだその不穏な発言は!」

穴を埋める作業をしながらそんなやり取りが聞こえてくる。滝夜叉丸は会話がかみ合ってないなあと思いながらも黙々と作業を進めていた。

「大体、何故私がそんな事をせねばならんのだ。本人にやらせればよかろう」

「連帯責任だ!そもそもお前の監督不行き届きだ!あそこを見ろ!小平太の塹壕を平が埋めてるんだ!」

飛び込んできた己の名前に顔を上げれば、こちらを指差している姿。

― もしかして、私は立花先輩を納得させるためのダシですか?

少しだけ汗が目に染みたけれども、委員長の不始末は不始末なのでとりあえず大人しく作業を続行した。何しろあそこの委員会には穴だけではなく色々と迷惑を掛け捲っている自覚はある事だし。主に委員長が、であるが。

「知るか。アレの穴掘りは趣味だろう?作法委員会の関与するところではない。いやむしろ4年生の連帯責任ということで平に倍働いてもらえ」

せっかくのダシも効果はなかったようで仙蔵は留三郎の訴えを鼻で笑って却下する。その台詞にさすがに滝夜叉丸は泣きたくなってきた。

「…八割は趣味かも知れんが、時々お前が指示してるだろ…」

留三郎の低い声に仙蔵は軽く舌打ちをする。良く見ていることだ。それでも大人しく尻拭いをしてやる気にはまだなれない。

「ほお。委員会で連帯責任な…」

「そ、そうだ」

同じく声を低くした仙蔵に、ただならぬ黒い気配を感じるのは気のせいだろうか、思わず留三郎は一歩後ずさる。

「ならば、貴様の後輩の責任も取るべきだろう?」

「責任だと?」

「そうだ…福富と山村に味合わされた精神的苦痛の代償だ」

「うっわ、てめえどっからその宝禄火矢出したんだよ。この四次元ポケット持ちが!」

二人の会話を聞きながら、この塹壕埋めないで私が使ってもいいかなあとこっそりため息をつく滝夜叉丸である。

「精神的苦痛だあ?それはこっちの台詞だ!」

「何を!」

「しんべヱも喜三太もてめえを怒らせたつって落ち込んでたんだぞ!」

「怒られるような事をするのが悪いのだ!」

「いいか?怒られたから落ち込んでるんじゃないんだ。怒らせたって気にしてるんだぞ!けなげじゃないか!」

「だから怒らせるようなマネをしなければ…って。ちょっと待てお前まさか、後輩が落ち込んでるからってその意趣返しに私にこんな面倒事押し付けようとしてるのではあるまいな」

「…そんな事はない」

「何だ今の間は!」

両者のにらみ合いの火花が滝夜叉丸の背中までちりちりと焦がす。

― というか、もしかして、私はダシのダシ?

仙蔵への意趣返しのダシとしての穴埋めをさせるためのダシ…だとしたらちょっと悲しすぎるなと思ったけれども、やはり黙って作業を続けた。

「…分かった」

しばらくのにらみ合いの後、ふうとため息を吐いたのは仙蔵だった。

「譲歩はしよう。確かに喜八郎に落とし穴を掘れと指示したのは私だ。ただしお前の言うとおり二割程度だがな。だからその分は私が責任を取る」

「お、おう。ならいいんだ」

あまりにもあっさりと要求を呑んだ仙蔵に逆に戸惑ったように留三郎は道具を渡す。

「なんだ?やけにあっさり引き下がるな。本当に二割でいいのか?」

「は?いやそれはこちらの台詞だ。元より全てやらせる気はなかった。だから俺からすればお前があまりにもあっさりと要求を受けたのかと…」

双方に微妙な行き違いがあったようだ。食満は最初から単に手伝わせるだけのつもりでいたのだが、それは伝わっていなかったようである。

― そう言えば私にも食満先輩は「手伝え」と言っていたしな…

体育と作法の所業にキレかけながらも己の役割は放棄しない辺り律儀な事だ。
そんな事を考えながら、ようやく一つ目の塹壕を埋め終えた滝夜叉丸は次の塹壕を埋めるべく場所を移動した。なんだかんだ言いつつ、こちらも律儀である。

「お、三之助。お前も手伝え」

「は?」

「連帯責任だそうだからな。って、どこへ行くんだ 馬鹿者ー!そっちじゃない!あ!金吾!四郎平衛!三之助捕まえろ」

何だか後ろが騒がしいなあと留三郎がちらりと振り返れば、いつの間にやら小平太以外の面子が勢ぞろいしていた体育委員会が次の塹壕を目指して移動しつつあるところだった。
なんだかんだと団結力のある委員会だと思いつつ、アレだけ人数がいれば任せても大丈夫だろうと、再び仙蔵に向き直る。
彼も体育委員会の様子は目に留めていたようで、ふうと大仰なため息を一つ吐くと諦めた様に先程放られた道具を手に持ち直した。

「私の方が分が悪いな。まるで聞き分けのない童子の我侭のようではないか。二割とは言わず半分は私が責任を持とう」

腹をくくった様子の仙蔵に留三郎も苦笑して、内心で滝夜叉丸をはじめとした体育委員会達に感謝をする。バレーボール一つ位なら次は小言を言わずに修繕してやろう。

「いや、別に本当に二割でもいいぞ。あいつらのおかげで、向こうは手伝わなくても大丈夫そうだし」

実際留三郎としては、労力云々の問題ではなく、やりっぱなしなのが許せないので責任の所在を肝に銘じさせてやろうと思ってしている事だ。本人には効き目がなさそうなので外堀を埋める形での連帯責任ではあるが。
正直しんべヱと喜三太の意趣返しというのはもののついで、というよりも会話の流れだ。
流石にそこまで公私混同をする気は無い。仙蔵が怒るのも尤もであるし。

「遠慮をするな。私がやろうと言っているのだ。とっとと作業を終えて、お前もきっちりと後輩の面倒を見ていろ。そして一切私に近づけるな!」

びしりと突きつけられた指先に留三郎は思わず噴出してしまった。

「何がおかしい」

「いや…本当に苦手なんだな。立花仙蔵ともあろう奴が、あの二人のこと。まあ、あいつらも反省してるし一応俺もお前が何で怒ったのか言い含めておいたから、同じ過ちは繰り返さんと…思うが…うーん…まあ多分…いや、まあ広い心で…」

最後の辺りはだいぶ歯切れが悪くなったものの、それなりのフォローはしてあるらしい留三郎に仙蔵は意外そうな顔を向けた。

「ほう。後輩を甘やかすばかりではないんだな貴様。しかしあやつらがそれで学ぶとも思えん。だからやはり私に近づけるな」

「ははは…そう言ってやるな。あいつらなりにお前さんの役に立とうとしてるんだからな。まあちょっとばかり失敗の度が過ぎてはいるが。ほら、それはいいからとっとと穴埋めちまうぞ」

ひょいと己の道具を肩に背負い留三郎は歩き出す。
しばらく歩いて、僅かな目印を探し当てると僅か手前で足をとんと踏み鳴らす。するとそこは音もなく地面が崩れ落ち、見事な穴が現れる。

「…っとにタチ悪いなコレ…」

「喜八郎の奴、また腕を上げおったな」

「って言ってる場合かよ。こんなの下級生には見破れん。目印をもう少し分かりやすくしておけ」

呆れたような留三郎に仙蔵はひょいと肩をすくめて返す。

「分かった。一応言っておこう。あやつが素直に聞くかどうかは別としてな」

先程までとはうって変わって、やけに素直だと思いつつもそれ以上は何も言わなかった。下手に何か言ってやぶへびになるのはごめんだ。

「さて、じゃあどうする?手分けしてやるなら俺は他のを探すが」

「いや、一つづつ共同作業の方が早いだろう。それでいいな?」

仙蔵がそう返せば、留三郎が少し意外そうに顔を見た。

「お前がそんな事言うのは珍しいな」

「そうか?効率を考えたまでの事だが…。ああいやそれだけではないな」

くすりと笑って、ちらりと留三郎を見た仙蔵のその視線は妙に楽しそうだ。

「何だってんだ」

「別に。お前ともう少し話でもしながら作業するのもいいと思ったまでよ」

さらりと流れ出た一言に、留三郎は動きを止める。目を見開いて口をあんぐりとあけたまま固まってしまった。

「は?」

「言葉通りだが?」

その顔がよほどおかしかったのか、仙蔵は楽しそうに笑う。

「お前なあ…。物好きな」

「お前ほどではない」

「…どーでもいーけどな。まあやるからには手抜きはさせねーぜ。覚悟しとけ」

「もとより承知だ。そもそも私はお前のその、与えられた責務を律儀にこなす所は好ましいと思っているのだ」

「…も、おまえちょっと黙れ」

「ああ、それからそうやって素直に反応を返すところもな」

何かを言えば、どう返したらいいのか困るような事ばかり言い返されて、留三郎はほとほと困り果ててしまった。
やけくそのように構え直して、土を穴へと放り込んでいく。
それすらも仙蔵言うところの「素直な反応」のようで、やはりくつりと笑われたが、もう構わずに穴埋めに専念すれば、仙蔵もその横で同じように作業を始めた。

「おい、この土ぷりんも崩して良いのだろう?」

「…これも綾部の作かよ…分からん奴だな…」

「私にも分からんよ。崩すぞ」

「ああ…」

なんのかんのと二人共同作業をすれば元来が手早く作業をこなすタイプの二人の事、あっという間に作業ははかどっていった。
普段はペースを崩されるのを嫌う仙蔵も、何も言わずともこちらの意を汲んでフォローに回ってくれたり仙蔵から見ても効率の良い仕事をする留三郎を感心したように見やり、たまにはこういうのも悪くないと思う。

「さて。じゃあ次行くか」

「ああそうだな。あ、ちょっと待て」

「ん?」

仙蔵がひょいと片腕を伸ばし留三郎の頬に触れた。

「何っ」

不意に頬を撫でられて面食らう留三郎に仙蔵はにやりと笑う。

「土が付いて汚れていた」

「…んなもんどうせまた汚れるんだから」

ああまたからかわれたと、憮然と返しても別段気にもせず仙蔵は笑ったままだ。

「ならばまた拭ってやる」

「…自分でやるさ」

単にからかわれているだけだと悟って留三郎はぷいと顔を背けた。

「そう邪険にするな。言っただろう。私はお前の手際の良さとかそういう所が好ましかったのだと。今共に作業をしていてますます気に入ったのだよ」

「ったく、よく分からん奴だ。いいから次に行くぞ」

くるりと身体ごと背を向けて、留三郎はすたすたと歩き出してしまう。
その後について仙蔵も歩いていく。次の場所へと向かう間、二人の間には特に会話はなかったがそれでも、また作業が始まれば互いの意を汲んで呼吸を合わせた動きになったのだった。
途中手を止めずに仙蔵は言う。

「お前、なぜ私に声をかけたのだ?」

同じく手は止めず、顔を上げることすらせずに留三郎は答えた。

「連帯責任だと言っただろ」

「だから、なぜ私だったのかと聞いている」

「たまたまそこで見つけたから…と言ってもお前は到底納得してくれんのだろうな」

当然だと無言の圧力でもって返されて、ようやく留三郎が顔を上げた。

「まあ、確かに連帯責任も偶然も嘘ではないな。しんべヱ達の件は言葉のあやだが」

そこで手を止めて、持ち手を押さえつけるように手とあごを乗せる。自然と少しかがんだような状態で仙蔵に向けて視線を投げる。
日ごろから目つきの悪さには定評がある男の上目遣いは相当に険悪なはずなのだが、それが妙に惹きつけられるのは何故なのだろうかと、仙蔵も手を止めてその視線を受け止めた。

「ま、俺もお前さんと一緒に作業したいと思ったんだよ」

今度は仙蔵がぽかんとする番だった。はとが豆鉄砲をくらったような顔というそのままの表情を浮かべてしまう。

「ああ、めずらしいものをみたなあ。そんなに面食らう事ないだろ。俺だってお前の存外律儀な所や責任感のあるところは好ましく思ってるんだ。いっぺんゆっくりと話して見たかったのさ」

先程から会話らしい会話などはしてはいないが、留三郎曰く言葉以上にその作業を見れば人となりが分かるという。なんとも用具委員長らしい言葉だと思ったが、すると自分は用具委員長のおめがねに適ったのかと思う仙蔵である。

「まあさすがと言おうか、お前の所作は無駄がなくて綺麗だな。見ていて気持ちがいいよ」

それでいて大胆なのだから面白いと留三郎は笑った。
思いもかけぬ言葉をもらって、仙蔵は思わず空を仰ぎ見た。

「まったく。お前も相当面白い奴だよ。ますます好ましいし、一層興味が湧いた」

「それは奇遇だな。お互い意見が一致したじゃないか」

「では」

「おう」

これから先もまた、互いの興味を存分に満足させようと。
互いをよく見て、理解して行こうと。
どちらともなく差し出された手を触れ合わせた。

 

「さあ、まずは手始めにとっととこの穴埋めちまうか」

「そうだな。体育委員会どもに負けるわけにもいくまい」

顔を突き合わせ、どうやら負けず嫌いも同じような度合いらしいとにやりと笑いあう。
その後の二人の呼吸のあった作業であっという間に綾部作の落とし穴は埋め立てられ、時を同じくして体育委員会の塹壕も終了したようであった。
ようやく訪れた、学園の地面の平和は、ほんの数日しか保たれなかったのは言うまでもない。

 


 
滝からはじまってまさかの仙食満オチ。
だらだらと長いですが、なんとなく仙食満なれそめの一つの形(え?)
最初は面白い奴、位の興味でまあまあ好ましいな、程度から、どんどん知れば知るほど面白いと思う事が多くなり興味も好ましさもぐんぐんあがって。
ある日、あれ?もしかして好きなんじゃね?と気づけば、仙さまは納得は速いと思う。なんだそうか、好ましいのではなく愛しいのか。と(短絡的な)
で、躊躇もしないので、そのまんま食満に告げて、食満さんの方は「え?」と固まったまま3日くらいなやみまくって、流されてしまえばいい(でもちゃんと両思いで)

…てなのはいかがでしょうか?(疑問か)

 

ところで、ダシにしてしまった平さんには申し訳ない。いや、体育委員会はいい子達だねと言いたい訳ですが。