その日の夜、常に騒がしい一年は組の忍たま長屋で二つの部屋に生徒達が分かれていた。
まずは学級委員庄左ヱ門の部屋である。真面目に宿題をしていた彼の所に、乱太郎、きり丸、しんべヱがやってきて宿題を尋ねたのが事の発端であった。ちなみに尋ねたのは宿題の分からない部分、ではなく、「何が宿題か」であったので庄左ヱ門が頭を抱えたのは別の話である。
そうして大騒ぎを繰り広げるうちに、それを聞きつけた兵太夫と三治郎もやってきて宿題大会になったのだった。
こ
の場に他の面子が揃っていないのは、そもそも庄左ヱ門と同室であるはずの伊助が居ない事に起因する。他の者達は伊助の監督下で部屋の掃除にいそしんでいる
のだ。そもそも団蔵と虎若の部屋の汚さに、通りかかった伊助が我慢できなかったのが始まりで、ついでに部屋にカビを生やした喜三太の部屋にも飛び火してい
た。この場合、完全に金吾はとばっちりである。
ともかくそんな訳で何とはなしに二手に分かれていたは組であるが、宿題チームの本題である宿題があらかた終わったところで、庄左ヱ門が至極当たり前の提案をしたところ避難囂々になっていた。
「よぉ〜っし!宿題終わったー!庄左ヱ門ありがとー!」
「じゃあ、これから明日の予習しようか」
「「「「「え〜〜〜〜〜!!!!!」」」」」
「何その、『えー』は!」
「だってぇ」
「どーせ、明日も予定通りに授業なんか進まないって」
「きりちゃん、きりちゃん。本当のこと言っちゃ駄目」
「んもー!皆!」
すったもんだの大騒ぎをしていると、ふとしんべヱが耳を済ませた。
「ねえ、何か聞こえない?」
「え?皆、しー!」
「何何?」
「しー!!」
「…ほんとだ、聞こえる?」
「何?幽霊…」
切れ切れに聞こえる人の声のようなそれ。誰かが恐る恐る言った単語に一堂は悲鳴を上げる。
「しー!聞こえないよ」
「庄ちゃん、冷静ね…」
部屋の中に居るとよく聞こえないと、庄左ヱ門は廊下に顔を出す。その後ろには他の者達もおそるおそるへっぴり腰で集っていた。
「あ、伊助」
「庄左ヱ門も聞こえた?」
喜三太と金吾の部屋に居た伊助も同じように廊下に顔だけを出していて、二人は顔を見合わせる。伊助の背後にはやはり他の者達がくっついているらしい。
「あれ?」
「これって」
廊下に出たことで室内よりもよく聞こえてきたその音に伊助と庄左ヱ門は目を丸くした。
「おーい皆。早く出てきてよ。幽霊の声なんかじゃないよ」
「誰かが歌ってるよ」
二人の言葉に、それまで隠れていた連中がわらわらと廊下に飛び出してくる。
「あー、ほんとだ」
「綺麗な声ー」
「これ、実りの歌だね」
― 黄金に染まる 稲穂の波を
綾に 錦に はるかに 山を越え
秋の澄んだ空気にのって流れる声に子供達はうっとりと耳を澄ます。
やわらかくとても心地の良い声はどこか安心してしまう。
「ねえ、これ誰が歌ってるんだろう?」
「学園の中だよね?」
「…先輩か、先生の誰か…?」
生じた疑問にひそひそ声で論議をすれば、誰ともなく出た意見。
「でもこの声、どこかで聞いた事ある気がする」
「僕もー!でも思い出せないんだよなあ」
「だれだろう?」
疑問が疑問を呼んで、皆が反対を向くかと言うほど首を傾げた時に、きり丸が呟いた。
「…土井先生…?」
それを聞きつけた団蔵は首を振る。
「えー?土井先生の声かなあ?いつもの怒鳴り声とは全然違うじゃん」
「でも…やっぱりそうじゃない?」
「え?そう?」
再び皆で耳を澄まして。
「あ!土井先生だ!」
「やっぱりそうだ!」
「うん、間違いないー!!」
「すごーい!土井先生歌上手ー!」
皆が一斉に笑顔となった。
「どこで歌ってるのかな?」
「探しに行こう!」
「うん、もっと良く聞きたいもん」
「よし行こう!」
月明かりの下、クラス一丸となって駆け出して行く。
普段の怒鳴り声とは全く違うけれども、どこか安心するようなその声は間違いなく自分達の担任教師のものだ。
怒鳴るだけじゃなくて、良くやったと褒めてくれたり、落ち込んでいるときに慰めてくれたり、危ないときにはいつだって助けに来てくれる、そんな時の声を間違えるはずも無い。
「きりちゃん、良く分かったね」
「へへっ。だってさ、いっつもうちで聞いてる声だもんよ」
感心したような乱太郎に、きり丸は誇らしげに応えて、一層早く走っていく。それを負けじと追いかけて。
声を頼りに進めばあっという間に土井は見つかった。
「土井せんせー!」
「うわっお前達、どうしたんだ?」
「先生の歌もっと聞きたくて来たんですー」
「すっごい綺麗な歌でしたー」
次々と飛んできた教え子達を受け止めて、土井は面食らったように目をぱちくりとさせた。
「え?歌?…お前達の長屋まで聞こえてたのか?」
「はい!」
元気な返事に、土井は眉をへにゃりと寄せてしまった。
「なんですか土井先生。気付いていなかったんですか?アンタ相当でっかい声で歌ってましたよ」
「あ、山田先生…やだなあ。気付いてたなら言ってくださいよもう…お恥ずかしい」
これまた突然現れた山田にもは組の子供達はまとわり付いた。
「いや何、アンタの歌声聴くのも久しぶりだったんでな。しばし堪能しとったわい。他の連中もそうだろうよ」
「えー、ますます恥ずかしいじゃないですか!まったくもう…お聞かせするようなもんじゃないのに」
照れくさそうな土井に、山田はふふんと笑い、教え子達は首をぶんぶんと横に振る。
「そんな事ありませんよ!」
「そーですよ。土井先生。とーっても上手でしたー」
「あ、ありがとう…」
まっすぐな目を向けて社交辞令なんて言葉も知らない子供達が一生懸命に訴えてくるのにそれ以上謙遜する事もできなくて、土井は素直に賞賛を受け取った。
「今日は、栗名月だったからな。月があんまり綺麗だからつい口ずさんでしまったんだが。うっかり興に乗りすぎたようだ…」
ははは…と頭をかいて笑う土井の背中を言葉通りの月が照らしている。
その月を見上げたしんべヱは瞳を輝かせた。
「あー、ほんとだぁ。栗みたいー。お月様おいしそう〜」
「こらこらよだれを拭きなさい」
「しんべヱーお月様は食べられないよー」
どっと笑う子供達と共に担任教師たちも一緒になって笑う。
「先生。栗名月ってなんですか?」
「ん?今日は十三夜って言ってな。秋の二度目のお月見の日なんだよ」
質問をされれば途端いつもの教師の顔になって懇切丁寧な説明が始まる。
「月見は一度だけだと縁起が悪いとされている。先月の十五夜と今夜の十三夜、栗名月を両方見られると、今年の豊作を祝い、来年の豊作を祈願できると言われているんだ」
「へえー」
「あ、それでさっき、実りの祝い歌を歌ってたんですね」
そういう事だ、と笑った土井に生徒達は顔を見合わせてから告げる。
「じゃあ、私達も一緒に歌いますー」
「山田先生も!」
「ええー私もかい」
いつものように騒がしく元気良く。
生徒も先生も一緒になって歌ったのは童歌。
学園に響いた歌声が、他の生徒達の部屋にまで届いていたのはまだ誰も気が付いてはいない。
自室の扉を開け放ち耳を傾けるもの、自主錬の手を止めて空を仰ぐもの、いつの間にか自分も小さく口ずさむもの。
今宵、学園に降り注ぐ月の光は例えようもなくふんわりとやわらかかった。
…土井先生とは組ほのぼの。先生の歌声は中の人準拠。Sきさんの童謡系やアカペラは本気で鳥肌立ちますよね。
イメージはふえはうたう、ですね