| 学園長の突然の思いつきで学園の行事が増えるのはいつもの事。 学級委員長委員会はその場合の司会進行などと言った裏方を引き受けている。正直行事に参加するよりは被害が少なくて済むと思っている事は他の生徒達には内緒ごとだ。 ただ、その思いつきが余りにも突然過ぎるために、準備に大わらわになるのはこの際仕方がないとも言える。 思いつきの内容にもよるが、稀に事前の準備に体育委員会や用具委員会も駆り出される事がある。 この時もそうだったらしく、先程鉢屋と食満が何やら苦笑しながら話し合っているのを視界の端に留めていた。 確かに苦笑せざる得ないような思い付きの内容で、彦四郎も少々脱力感を感じながら資料の紙束を持って移動している所であった。 「あ、彦四郎」 不意に背後からかけられた声に振り向くと、少し離れた所に先程鉢屋と相談事をしていた用具委員長が立っていた。 「食、満せんぱ、い?」 「ああ忙しいところすまんな。えーっとさっきどうやら道具を一つ置き忘れてきてしまったようなんだが、見なかったか?」 尋ねられた内容を懸命に頭に描くが、イマイチ思い当たるところは無い。「そうか、じゃあきっとさっきの場所に置き忘れてたんだな。足を止めさせて悪かった」 どうやら顔に出ていたらしく、深く追求をされることなく食満は踵を返して歩いていった。彦四郎はその背中を、ぼうっと見送ったまま立ち尽くしていた。 少し離れたところで、今度は庄左ヱ門を見つけたらしく同じように呼びかけているのが聞こえた。その後の会話は聞こえなかったがきっと同じ事を聞いているのだろう。 庄左ヱ門の返答も同じだったらしく、再び食満は足を進めていった。 やはり彦四郎はまだ、その大分小さくなった影を目で追ってその場に留まっていた。 「…彦四郎?」 「!うわわああ!」 突然真横から聞こえた声に、柄にもなく取り乱せば、隣には不思議そうな顔をした庄左ヱ門が立っている。 「どうしたの?」 「あ、いや…」 「食満先輩がどうかしたの?」 ずっと目で追ってたけど……。相変わらず冷静に周囲を見ていた庄左ヱ門にそう言われてしまえば、ごまかす事なんてできやしないだろう。 「ん…、先輩忘れ物したらしいんだけど…」 「ああそうらしいね。僕も気付かなかったから自分で探しに行くって言ってたよ」 それがどうかした?と言いたげな目を向けられて彦四郎は困ったように目を泳がせた。 「あーていうか今、名前…」 「名前?」 「うん。食満先輩が僕の名前呼んだんだ」 彦四郎の言葉に庄左ヱ門は目を丸くする。だからどうしたと言うのだろうか、さっぱり意味が分からない。 「僕だって呼ばれたけど?」 「そりゃ、一年は組は全校生徒から覚えがめでたいだろ、いろんな意味で」 「…どーゆー意味」 明らかに良い意味ではない含みを持たせた物言いに庄左ヱ門は苦笑いをするが、それがどう繋がるのかはまだ分からない。 「それにさ、用具委員にはは組のしんべヱも喜三太もいるじゃないか。庄左ヱ門が呼ばれたって不思議じゃないだろ」 用具委員にはい組の生徒いないのになあ、と本気で首を捻っている彦四郎を庄左ヱ門は呆れたように見た。 「何言ってんのー?別にそんなの関係ないじゃない」 「そんな事ないって!現に今まで僕は先輩達には殆ど『年い組の学級委員』って呼ばれてたんだから」 絶句している庄左ヱ門のを尻目に彦四郎はそれが当たり前だと思っている。 は組のように騒ぎを起こす事もない。話題になるといえば優秀だというクラス全体への評価が大半を占める。 自分の名前を呼ぶ者は、同じクラス、同じ学年、同じ委員会…同じものに所属する者達ばかりだ。 後は皆、一年い組の生徒だとか、学級委員だとか。せいぜいどこかの委員会の先輩が自分の後輩、誰それと同じクラスの彦四郎だとか。 自分自身の前に必ず何かの肩書きが付く。 彦四郎自身はそれに不満はない。不満も無ければ感慨も無い。 だから、先輩、ましてや最上級生に普通に名前を呼ばれて少しだけ驚いた。驚くような事じゃないとは分かっているけれども。寧ろ驚いてしまった自分に驚いた位だ。 「あの人は、いつもそうだよ」 突然に、頭の上から声が降ってきて、今度は普通にぎょっとした。 さっきまでは確実に誰も居なかった背後を振り返れば、いつものお騒がせの先輩だ。 「は、鉢屋せんぱ、い」 「びっくりしたー」 相変わらず、級友の顔を借りている鉢屋は後輩を驚かせた事にも頓着せずに不思議な笑いを浮かべている。 「いつも…って?」 驚きつつもやはり冷静な庄左ヱ門が、鉢屋の言葉を聞きつけて尋ねる。 「食満先輩の話」 その名前に彦四郎はどきりとする。 「あの人、昔っから私が誰に変装してても絶対見破るんだよ。しかも疑問系も何もなし。見破ってやろうと待ち構えている訳でもない。どんな顔してても普通に私だと思って会話するんだ」 「む、昔っから…って。その時は食満先輩だってまだ6年生じゃない訳ですよねえ」 幾ら先輩だからと言って、時には教師すら確認をしている鉢屋の変装を当たり前に見破っているというのは凄いことなんじゃないだろうか。 「なーんで分かっちゃうんだろうって、私も色々聞いたんだけどね」 変装が完璧じゃないのならそこを直して精進しようと思ったから。 「でも、本人も首を捻って『なんでって言われても鉢屋だから』って言われちゃったらもうお手上げ。あの人はそういう人なんだって思うしか無かったよ」 正直、鉢屋の言う事は一年生二人には、イマイチ抽象的過ぎてよく分からなかったけれど。 「彦四郎の事も庄左ヱ門のことも、どの組かとか誰の友達かとか、学級委員だとか、そんな事は関係無しに、ただお前達の名前呼んだだけだよ、きっと」 その言葉が彦四郎の胸にすとんと落ちて着地した。 「さあて、学園長の思いつき、今回も無事終わるかなあ〜。彦四郎、それ安藤先生に届けたら、次に頼みたい事あるから」 はっと手の中にある資料の束を見下ろして、用件を思い出して慌てたようにその場を後にする。 庄左ヱ門も己の用事を済ませるために歩き出し、鉢屋もまた仕事があるのだろう三者それぞれの方角へ歩き出した。 胸にしっかりと資料を抱いて歩く彦四郎はふと振り返る。その視線の先にはもう食満はどこにも居なかったけれど。 — ああ、だからあの人は、食満先輩に執着しているのか 突然、そんな事を思った。 先入観も思い込みも枕詞も肩書きも何も無く、ただ自身を見てくれる人だから。 今までは殆ど面識も無く、少し怖い先輩だという認識位しか持っていなかったその人を、彦四郎は少しだけ身近に感じてくすりと笑ったのであった。 おまけの学級委員長委員会と用具委員長 まさかの彦四郎メイン ラストの「あの人」は、お好きな人物をお入れ下さい。 |