| ※出来上がってる二人です はて、ここは自分の部屋だった気がするが。 片手にそろばんと帳簿を抱えて戻ってきた文次郎は眼下の光景を声もなく見下ろした。 数日徹夜続きだが部屋を間違えるほど朦朧とはしていないはずだ。 「よう」 それは口をきいたから、幻覚の類でもないようだ。 ようやく我に返った文次郎は後ろ手に木戸を閉めると己の文机へと向かう。 そのためには部屋をまっすぐに横切るのではなく、大きく迂回していかねばならなかった。 「一体何事だ」 それこそが文次郎がわが目を疑った元凶。どういうわけか、は組である留三郎がこの部屋に一人居て我が物顔に床に細かい部品を広げていたのだ。 説明しろと言外に、相変わらず人相の悪い目つきで問うてくる。目つきの悪さには慣れているのかお互い様か、大して意に介することもなく留三郎は呑気な返事を返す。 「んー、仙蔵のな…火器の改造だ」 言われてみれば、床に散らばる細かい部品は一応忍具として見覚えのあるものばかりだ。注意してみれば火器の一部である事が分かる。 「なんでも図書室で見つけた文書を参考に考えたらしいが、少々ややこしいとの事で煩雑な箇所は試作って事で俺に協力しろと言って来た」 「なるほどな。それで本人は?」 「他に資料がないか図書室だ。さっきちょっと分かりにくい場所があってな」 ついさっきまで二人で膝をつき合わせて作業していたらしいのだが、丁度席を外した所に文次郎が帰ってきたようだった。 仙蔵さえ居れば状況の把握は簡単だったろうに…と文次郎はため息をついた。 この部屋に留三郎が一人でいるのが目に飛び込んできた途端、冷静な状況判断ができなくなった事は自覚する。 「ちなみに、交換条件はなんだ?」 わざわざ時間を割いてまでこんな手間のかかる事を引き受ける事もないだろう。 そう聞けば、手元の火器をいじくりまわしながら、留三郎は口元を上げた。 目線は手の中の物に注がれたままだったが、ニヤリと笑ったその顔は彼の気質が良く現れてる。 「まあ、これはこれで作業自体は結構楽しいんだが…」 一応仙蔵から提示された交換条件が他にあるらしい。留三郎は笑みを濃くする。 「…綾部に大量の仕事を押し付けたそうだ。当分は穴掘りが半減するだろうとさ」 その内容に、文次郎もつられて笑う。それは留三郎が引き受けない訳はない。 「それで?お前はどうしたんだ。帳簿なんぞ持ち出して」 作業に集中しているかと思えば、目端の利くことだ。しっかりと文次郎の手の中は把握していたらしい。尤も隠す気もなかったが。 「ああ、委員会の残りの仕事だ。今日は部屋でやるつもりでな」 「ふーん」 それ以上は追求せずにまた手元に集中し出す。文次郎も何も言わずにたどり着いた文机にそろばんと帳簿を広げた。 そこに文次郎が座ると丁度二人は互いに背中を向けて座ることになる。 会話を交わす事もなく、別々の作業に没頭するその光景は他の者が見れば、冷戦中なのかとも思えるものだ。 けれどそこに流れる空気はとても穏やかで。 文次郎が弾く算盤の音と筆を走らせる音、それから留三郎の手の中で小さな部品がかち合う音だけがほんの僅かに響いていた。 くるり、と留三郎は手の中の物をひっくり返した。こまごまといじってはみたが、これ以上は仙蔵が帰ってこないと仕様が分からない。中々に興味深い構造をしたものだが、物が物だけに興味だけで下手に追求するのは危険だろう。使用する仙蔵に危険を及ぼす可能性もある。 一先ずはここで中断かと、小さく息を吐き出した。 そうして、背中越しに感じる気配を強く意識する。 帳簿と算盤を持ってきた文次郎は今はそれに集中しているようだ。時々ぱらりと頁をめくる音が聞こえる。 先ほどは深く追求しなかったが、この男が自室で帳簿確認をするのはよほどの事だろう。 基本的に委員会の事は委員会内でけりをつける男だ。 けれども、そうも言っていられない状況もある。一体ここに至るまで何日の徹夜をしたのだろうか。おそらく下級生達は限界を訴えていたに違いない。けれども、仕事が終わらねば解散するわけには行かない。 だから文次郎は帳簿をいくつかそっと懐に入れた。それを除いた全ての確認が終われば下級生達は解放される。 建前上仕事が終わった後に委員会室に残るわけにも行かないから、文次郎は自室へと戻って来た。 そういう訳だ。だから留三郎は何も言わない。 文次郎も、留三郎が分かっている事を知っていて最低限の事しか言わない。 馬鹿で不器用な男だと留三郎はそっと後ろに視線を送る。 視界の端に入ったその背中は、やけに広く見えるなとこっそりと思って、やはり自分も馬鹿だと自嘲の笑みを浮かべるのであった。 突然に背中に重みを感じて、文次郎は筆を置く。 そっと首だけを動かせば、己の背中に凭れる留三郎の顔が見える。 目を閉じて、伝わる振動は深い呼吸のリズム。 勝手に人の背中を寝具にするなと言いたいが、罪のない寝顔にふっと笑って再び机に向き直った。 手早くかつ静かに算盤を弾き、筆を走らせる。数回それを繰り返すと今度こそ筆を置いて帳簿をぱたんと閉じた。 ぴんと張っていた背筋の力を緩め、留三郎の重さを受け止める。 居心地が一層良くなったのか、無意識に摺り寄せるような仕草をする留三郎に笑いが漏れた。 互いに触れ合う背中の温もり。それは酷く心地よい。 実習中に背中を預け合うのともまた違う感覚。緊張感のかけらもないこの空間でただ互いの背中の温もりだけを感じている。 とくん、とくん、と、伝わる鼓動。それが相手のものなのか自分のものなのか。それとも既に一つに解け合ってしまっているのか。 どちらのものかも分からない鼓動と呼吸に、文次郎はいつしか引き込まれるように目を閉じていた。 「おっと…」 思った以上に資料探しに時間が掛かってしまった仙蔵が自室に戻ったのは大分経ってから。 結局一緒に探すのを付き合ってくれた長次と共に廊下を歩いていたらそこへ小平太が合流し、留三郎を探す伊作まで着いてきた。 ああ騒がしいと眉間にしわを寄せながら自室に入れば、そこにはなんとものどかな光景。 見事なバランスでもって互いの背中に体重を掛け合った二人が仲良く眠っている。 「あ〜!っもがっ」 反射的に大声を出しかけた小平太の口を長次が見事に押さえて。 伊作は二人の顔を覗き込んでしたり顔。 「ふむ、隈の濃さから言って文次郎は貫徹四日。留さんは…大分細かい作業に根つめてたぽいね」 ちらりと仙蔵を伺えば、作業をさせた張本人は肩をすくめるのみ。 「まあ、昨日も遅くまでなんかやってたしね。なんにせよ二人には丁度良い休養でしょ」 そっと音も無く、二人に薄物をかけてやり四人は部屋を後にする。 「火器の改造の続きはまた今度にするか」 そう言った仙蔵に、小平太は目を輝かせて面白そうだと食いつき、伊作は呆れたように笑う。 「試作品、暴発させるのだけはやめてね」 「…その場合おそらく被害をこうむるのは伊作だろう」 「ちょっ!長次!何不吉な予言してんの!」 「あははは!きっとそうだな!」 四人の喧騒が遠くなり、やがて聞こえなくなる。 背中を合わせたまま眠る二人の空間は、ずっと静かに穏やかに、誰も壊す事のできない空気に包まれていたのだった。 淡々としているようで居て甘々な文食満 言葉少ないけど言わずとも分かる関係が好きです 戦闘時でものんびり時でも背中合わせっていいなあ |