きんと張り詰めた冷たい空気が時折緩むようになってきた季節。 まだまだ寒さの厳しい中ににも目を凝らせば土を押しのけたくましく芽吹く植物を探す事が出来るようになり、木の芽ぶきもそこかしこに見られる山中。 そんなのどかな光景も、昼日中の日差しが差し込む中でこそ。 段々と空の青が茜色に侵食されていく刻限になれば、春の兆しに顔をほころばせるよりも、焦りの方が強くなる。 はてさて予定外の時間を食ってしまったと、本来の帰り道ではない山中で一人ごちるのは忍術学園最上級生の食満留三郎である。 学園長のおつかいを請け負ったは良いが、ついついこんな時間にこんな所を通る羽目になってしまった。 しかも。 「あー、なんか面倒な場面に出くわしたような気がするなあ」 そんな状況判断は間違っていなかったようだ。 木を一本越えた途端に空気ががらりと変わった。これはきっと誰かの警戒範囲内に入ってしまったに違いない。 こんな山中で敵意むき出しの警戒をするような人種といえば、およそおだやかではないなと、食満は己の所属を棚に上げてため息をついた。 今の格好は町の一般人となんら変わる事はない。偶然山中にやってきた町人という事で一つ見逃してくれないかなあと呑気な事を考える。 周囲の不穏な空気にはわざと気がつかない振りをして、何食わぬ顔をしてそこを通り過ぎようとしながらも、用心深く耳を澄ませて状況を把握しようと努めていた。 けれどもそれは中々上手くはいかず、それだけでもここに居るのが相当の手錬れである事が伺える。できれば係わり合いになりませんようにという思いを更に強くしたところに、突如漏れ出した気配。 それは一瞬であったが、どうやら敵味方が対峙しているような事だけは分かった。ならば互いに部外者に構っている暇などないだろうと、早急にその場を去りかける。 それにしても。 なぜ、突然に状況を察する事が出来たのか。どちらかが気を緩めたとでも言うのだろうか。あるでわざとこちらに知らせるような真似をしたかのようだ。 まあいい、とにかくそれは早くここから去れという事なのだろうと、食満は更に足を速める。町人として不自然ではない程度の歩調でもってその場を後にする。 少し進んだ処で、不意に辺りの空気が和らいだ。どうやら緊張が解けたらしい。何がどうなったのかは知らないが厄介事は終わったようだ。 やれやれと肩の力を抜いたら、突然あわられた手に近場の木に背中から押し付けられた。 「っつ!」 「お前!何しとるんだこんな所で!」 「き、木下先生…」 間近に現れた顔に驚いてうひゃーともらせば、どういう意味だとツッコミが入る。 「いいえ、思わず」 「お前な。それよりも学園長のお使いだろう?どうしてこんな場所に居る。予定通りに済んでいればとっくに学園に帰っている頃だろうがっ。ここを通る事もないはずだ」 さすがに下級生に申し付けられる文字通りのお使いとは違い、上級生へと頼まれたお使いの内容は教師陣はそれなりに把握しているらしい。 何か不測の事態でも起きたのかと、ギロリと睨んで来る様子は慣れていなければ怯えても不思議は無い。 「あ、いやちょっと事情が。木下先生はお出かけですか?」 「出張帰りだ。まったくもうちょっと早く通りかかってたら確実に巻き込んでいたぞ」 教師への出張命令は生徒へのお使いと同意である場合が多い。何にせよ学園長の意向を汲んで動く事である。 となれば、内容は知らないが先程の緊張感漂う気配は出張帰りの木下のものであったようだ。 食満に状況を知らせたのも教師としての心遣いであろう。巻き込まれる前にさっさと去れと。 幸いにして、程なく面倒ごとは終わったようではあるが。 「ちょっと交渉が決裂していてな。それよりもお前、一体何があったんだ」 何がどうなってどんな交渉が決裂しどうやって解決したのかは語らず、更に食満を追求する。 端から見れば、木の幹に押し付けた若者に凄みを利かせている人相の悪い男であり、食満は巻き込まれた運の悪い若者にしか見えないだろう。 実はそれが、周囲にまだ居るかもしれない決して味方ではない者達への、木下の生徒に対する気遣いであることは知っている。 だから、食満は冷や汗を浮かべながら傍目にはおどおどと小声でいきさつを手早く説明するのだった。 使いを終えて、町人を装い田舎道を歩いていると、前方に子どもが一人、木で作られた紙鉄砲を手に遊んでいるのが目に入った。中々に勇壮に遊ぶその姿は幼いながらも男の子らしいやんちゃな様子だ。 食満は道を進むが、その童子も同じ方向へと走っては遊んでいるので中々その距離は縮まらず随分と長い間彼が遊ぶのを視界に入れていた気がした。 するとその時、その子どもが派手に転ぶのが見えた。食満が声をかけるよりも早く自力で立ち上がり埃を払う。目に滲みかけた涙をぐいっと手のひらでぬぐって必死で泣くのをこらえているのは、けなげですらある。 将来有望だな、などと思いつつも少しづつ子どもとの間が縮まって、食満が彼のすぐ傍まで近寄った頃。 転んだ拍子に手放してしまったおもちゃをきょろきょろと探していた子どもの目が大きく見開いた。 二三歩の距離に転がるそのおもちゃは見事に壊れてしまっている。慌てて拾い上げてカタカタと弄くっても、ぱっきりと割れてしまった木片がつながる事はなく。 転んでも泣かなかった子どもの目から大粒の涙がこぼれだした。 それでも大声で泣き喚く事はせず、こらえ切れなかった嗚咽が洩れる。 さすがにそんな風情を見ていられなくて、思わず声をかけてしまったのは、責められるべきか仕方が無いことなのか。 「坊主、貸してみろ」 しゃがみこんで、目線を合わせて手を差し出せば、ひくりと喉を鳴らして涙のにじむ目でこちらを見た子どもが一瞬怯えた顔を見せる。 やはり、目つきが悪いのは怖がらせてしまうなあと若干落ち込みながらも、なるべく安心させるように笑って見せた。 最初は警戒心をあらわにしていた子どもも、食満の笑顔を見て少し安心したのかおずおずと手の中のおもちゃを渡す。 落とした衝撃に割れてしまったそれを手早く確認し、他に壊れた部分が無いかどうかを調べる。それから、懐に忍ばせていた紐を使い割れた箇所を応急処置で修繕してやった。 「ほらどうだ?ちょっと不恰好だけどな。ちゃんとまた遊べるぞ」 食満の鮮やかな手つきを目を輝かせて覗き込んでいた子どもは、なんとか修理されたおもちゃを受け取って更に嬉しそうな顔を見せた。 ありがとうと礼を言う子どもの頭をひと撫でし、立ち上がって先を急ごうとすれば、後ろから裾を引かれた。 どうやらすっかり懐かれてしまったらしい。しかしだからと言って、この子にいつまでも付き合っているわけには行かない。今日中に学園に戻らないといけないのだ。 「すまんな。私は先を急ぐ。もう転ぶんじゃないぞ」 どんぐりのような眼で見つめてくる子どもに絆されそうになるのを何とか耐えて、なだめすかせて背を向けた。 それから少し歩いた場所でもう一度振り返る。 「…だから、着いてきてはだめだ」 いいな!と念押しをしてまた歩き出しても、後ろからは着いてくる気配。少し歩調を早くすれば諦めるかと思いきや負けじと走り出してくる。 そのうち疲れるだろうと思っていたら、背後からばたりと音が聞こえて思わず足を止めてしまった。 振り返ってはいけない、この隙に進んでしまえと頭の中は叫んでいるが、どうしても振り返ってしまうのは性分か。案の定転んで、それでも泣くのを耐えている子を見てしまえば、大きなため息をついてもと来た道を引き返していくのだった。 同級生辺りがこの光景を見れば呆れかえって、そのまま放っておけと言うだろう。いや保健委員だけは転んだ怪我の手当てをするかもしれないが。 ともあれ怪我の手当をしてやれば、もう放す物かとばかりに着物の裾を握りしめられた。 幼子の手を振り払い、撒いてしまうのは簡単だ。今からでも十分に間に合う。 けれども、それをしなかったのは。 ほ んのつかの間ではあるが垣間見えたこの子の気性からすれば、自分が姿を消したとしたらあきらめる事無く探し続けるだろう。日が暮れても道を進み続けるかも 知れない。道ならまだしもどこかへ迷いこんでしまうかも知れない。この幼子が迷子になったり怪我をしたり何かに巻き込まれてしまう事は本意ではない。 だからなのだと、言い訳をして。 結局なし崩しに、子どもに手を引かれるままに相手をしてやる事になってしまった。 こちらに、こちらにと手を引っ張られて進んだ山道。気づけば山中にある粗末な小屋。どうやらここがこの童子の住む家であるようだ。 親の姿は見当たらず、聞けば父は山へ行き、母はいないのだと辿々しい返事があった。 なるほど先ほどから見せる気丈さは、一人で過ごさねばならぬ故か。父に心配をかけまいと強くあろうとしてるのだなと思えば、つい絆されてしまうのも無理は無い。 つかの間ではあったが、子どもの相手をしてやり、日が傾きかけた頃、子の父が戻ってくる気配を感じそのまま木々にまぎれるように姿を消した。 驚いてこちらを探そうとした子どもはその代わりに父の姿を見つけ、注意はそちらへと向く。もうこれ以上は探す事もないだろう。 今日一日は、良い思い出として残してくれればいい。 さて、すっかり遅くなってしまったなと山道を急いだところで冒頭へと戻る。 そんないきさつを説明し終えた食満は眼前の教師の顔に常以上の青筋が浮かぶのを見た。 「お前は伊作かっ!」 「なんですか、その例えは」 そうは言うものの確かに伊作が遭遇しそうな事だと食満も思う。尤も彼だったらそのまま人攫いに間違えられて父親に追いかけられるというおまけもついてくるだろうが。 「まったくお前と伊作は昔っから、外に出れば厄介ごとに巻き込まれおって…」 ま すます苦虫を噛み潰したような顔になる木下に言い返すことはできない。確かに昔から実習、おつかい、その他遊びに至るまで、二人が外に出て何事も起きな かった事は少ない。尤も不運と称される級友に比べれば遥かに面倒事ではないとは思うが、傍から見ればすんなり事が運ばないのは同じ事である。 「それにしても、相変わらず子どもに懐かれるな、留三郎」 「そんな事はありませんよ。最初は怯えられますから」 やっぱり目つきが悪すぎるんでしょうかねと、食満は苦笑する。 怯えられるのはやはりチクリと心が痛む。けれども本当は怯えられて近寄ってこない方がいいのだろうとも思う。 最初からかかわりを持たなければ、まかり間違っても厄介ごとに巻き込んでしまう事もない。 こんな因果な世界に身をおこうとしているのならそれが正解だというのに。 未だ徹しきれない自分は甘いのだなと自嘲の笑みだ。 「まあ、どっちを活かすも有りだと思うがな」 それこそ一目見るなり大抵の子どもが泣いて逃げ出す人相の教師は、相変わらずただ話しているだけで怒られているような気分にさせられる。 そんな木下の顔が更に険しくなって食満を睨んだ。 「おいっ!」 「え?」 一瞬反応が遅れて、それから慌てて怯えたかのような表情を作ったがそれはもう遅かった。 「ちっ。しつこいな。留三郎、どうやらもう騙されてはくれんようだ」 「すみません、つい」 「まあいい。お前は昔からそうだからな。私もまだまだ修行が足りんな」 それはどうだろうかと思ったが、口には出さずに視線で指示を仰いだ。手を貸すべきか邪魔にならぬよう下がるべきか。 「ゆうづつ方向に山を下れ」 小さく飛んだ指示に返事をする間も惜しんで駆け出した。 もう一般人を装う必要は無く、思い切り山の中を指示された方角へと走り出す。 背後から隠しもしない気配が現れるが、それを遮るように木下が立ちはだかるのも感じる。 後は余計な事は考えずに、ただひたすらに走りぬけて行く。行く手を遮るような川もなくあらかじめ用意されていた退路だったようだ。 小さな茂みを越えようとしたところで急に視界が開けて足元の地面が消えた。 「うわっ」 どうやら麓の村に出たらしい。見事に耕作された畑が広がっており、足を着き損ねて体勢を崩してしまったのだった。 「うぎゃっ」 「あれ?」 予想した衝撃は来ずに、なんだか柔らかいものを踏んづけたのと同時に上がる声。 おそるおそる足元を見れば。 「わー、す、すみません!!」 「留三郎ー!!お前何回ワシを踏んづければ気が済むんじゃ!」 「大木先生!?」 とっさに避けた足の下から這い出して盛大な怒声を上げるのは忍術学園の元教師、大木雅之助であった。 「とすると、ここは杭瀬村?」 キョロキョロっと辺りを見回せば確かにそこは見覚えのある風景だった。 「何だお前、分かってて山降りて来たんじゃないのか」 「へ?」 「大方、木下先生辺りの指示じゃないのか?」 大木がどこまで知っているのか分からず、食満はどう返事をしたら良いのか戸惑ったがそれに構う事もなく豪快なこの元教師は話を続けた。 聞けば、先ほど通ってきた道はやはり意図的に作られた隠し道との事で、彼が学園に何がしかの協力をする際には良く教師陣が利用しているらしい。 元教師とは言え浅からぬ関係を持つ大木は未だに忍術学園に協力する事が多く、その縁は切れることは無い。 先の場所は大木の協力を仰いだ際に教師陣が相手を誘い込むのによく使われる場所なのだそうだ。 そこへ偶然とは言え、まさに厄介事最中に迷い込んでしまうというのも中々の事である。 ともかく、今回も協力体制を敷いているとの事なのでここに来るに至ったいきさつを大木にもかいつまんで説明をした。 「……お前は伊作か」 「木下先生と同じ事を言わないでください」 がっくりと肩を落としてそう言えば、大木は大口を開けて笑い飛ばす。 「そりゃ仕方ないだろー。大体お前達は昔から…」 「それも言われましたからっ!」 反論する事もできずにうなだれる。往々にして己の過去を知る大人には頭が上がらないものだ。 「ともかく、木下先生も『用事』が済めばここに来る手はずになっとるから、それまでうちで待っているといい」 「あ、いえしかし…」 「遠慮をするな。木下先生もそのつもりでこっちによこしたんだろう。第一ここにいなかったら心配するだろ?学園には一緒に戻れば学園長にも文句は言われんさ」 「はあ…」 まさしく、わずかな状況から裏の裏まで読み取った状況判断である。やはりまだまだこの人は上にいる人だと尊敬の念を覚えながら、食満はおとなしく大木の後に続いた。 既に夕闇は濃くなっておりいつまでも畑にいるのも不自然である。目印にしたゆうづつも空の低い位置に移動して、きっとあの山の中からは既に目印にする事はできず、道を知らぬ物はここにたどり着く事はできないだろう。 大木の家で茶と、お茶請けの辣韮を頂きながら、とりとめの無い会話を交わす。 考えてみればこんな風にこの元教師と話をするのは久しぶりで、少しだけまだ幼かった頃に戻ったようだ。 「それにしても、身内だとバレるとは相手も中々あなどれんのう」 話はまた今日の事に戻ってしみじみと大木がつぶやいた。どうやら食満が木下と知り合いだと看破された事を言っているらしい。 「ああ、私がしくじりました。気がつかずに木下先生の睨みに反応が遅れてしまったもので」 「なるほどな」 大木は呵々と笑う。 そもそも、いくら生徒が偶然に出くわしたとはいえ木下が他人を巻き込むのは至極珍しい事なのだ。例え彼の人となりを良く知る物であろうとも瞬間的に恐れを抱く人相のため、敵方に身内とばれずにやり過ごす事が可能だからである。 彼自身それを利用している訳なのだが。 「お前は昔から、木下先生におびえとらんかったからな」 あの顔を眼前にして苦笑いを浮かべていられるのは教師陣を除けばごくわずかな生徒だけである。そして食満はそんな生徒の一人だった。 どんなに青筋を立てようと本気ではおびえない奴らがいる……これではとっさの時に守ってやれないかも知れない。まだまだ自分は甘いなあ、修行が足りんと、その昔まだ同僚だった頃にこっそりとこぼしていた事を大木は思い出す。 確か酒盛りをしていた時で、その時には「怖い顔の修行ってなんじゃー」とか笑いながら背中を叩いて辣韮を投げつけたら、的がそれて野村にあたってしまいその後はお約束の大乱闘に発展した気がする。 昔の思い出に顔をほころばせて大木は辣韮を口に放り込む。 その笑顔をどう取ったのかは知らないが、食満は困ったように首を傾げた。 「怖いと思わないんですよね。その所為で本当は私たちのためにしている事を今日のように無駄にしてしまって申し訳ないと思うのですが」 生徒達だって闇雲に怖がっている訳ではない。本当の所は皆分かっているのだが、どうにも一瞬だけびくりとしてしまうの者が大半だ。食満を初めとする幾人かの生徒はそれすらない。 「まー、そう深く考えなさんな。それはそれで彼奴も嬉しかろーよ」 最初からそうしむけているのだとしても、やはり一瞬だろうとも相手の瞳に畏怖が浮かぶのはあまり気持ちのいい物ではない。そんな中でどのような状況であろうとも決して自分を恐れぬ者がいるのは、口ではなんと言おうとも嬉しいものだと大木は言う。 「そ、う、でしょうか」 「大体お前も木下先生に良く似とるぞ」 「は?」 驚いた顔を見せる食満に大木はその人柄そのままの笑顔を見せる。 「お前だって、子供には最初怖がられる顔しとる癖に、よう懐かれる」 びしりと指を差されて、食満は惚けたように目を丸くした。 「何言ってるんですか。全然違いますよ」 「いやいや。顔の恐さは段違いだがな」 何気に失礼な事をさらりと言って大木は続けた。 「木下先生が動物に懐かれるのも、留三郎が子ども懐かれるのも、心根は似たようなもんだからな」 随分と強引な論理展開をしているが、大木の目は至極真面目だ。 「そんなもんですか?」 とてもではないが、自分があの教師と並び立てるような心根をしているとは思えないが、一応元とは言え世話になった事もある教師にそんな風に言われれば、嬉しくもなる。 「ああそんなもんだ。案外いい相棒になれるかもなあ」 それは買いかぶりですと頭をかいたが、それでも心にぼつりと灯がともる。 「さあて、そろそろ来てもいい頃かのう」 大木が膝を押さえて立ち上がるのとほぼ同時に、がたりと音がして木戸が開いた。 「おう、噂をすれば。ちと遅かったな」 そこに立っていたのはもうすっかりと平服へと着替えた木下であった。 「ちょっと向こうの山まで撒いて来たからな。留三郎、無事だったか?」 「はい。おかげさまで」 必要以上に慎重に行動していたのはおそらく自分のためだろう。その事も含め食満は深く頭を下げた。 「知らぬ事とは言え忍務中に踏み込んでしまいご迷惑をおかけした上に、私の失敗で更に手間をかけさせてしまって申し訳ありませんでした」 深々と頭を垂れる食満の脇では、「大事なかったんだからいーじゃないか」と大木が面倒くさそうに笑っていて、木下も普段は眉間に刻まれている皺を浅くした。 「いや、お前が昔っからそうだったのを失念してた私のせいだから気にするな」 「しかし…」 「まったくお前があんまり普通にしとるから、ついついそれが当たり前になっとったよ」 頭の上でくすりと笑った気配がして、驚いて顔をあげればそこにはいつものしかめ面。 大木を振り返ってもにやにやと笑っているだけで、木下が本当に今笑っていたのかどうかは分からない。 それでも。 彼が笑った顔…というのを想像するのが難しくないような気がするのは何故だろうか。 「さあ、すっかり遅くなってしまったな。帰ろうか。学園長先生には私からも言っておくから大丈夫だろう」 「あ、はい!」 踵を返す木下に、慌てて食満も立ち上がり荷物を手に持った。 大木は立ち上がろうともせずに手だけを振る。 「ああ今、木下先生と留三郎は、事によると将来いい相棒になるかもなと話しておったんだ。どーだ?考えてみんか?」 それが見送りの言葉かと呆れもしたが、食満は一礼をして大木の家を出る。 既に外に出ていた木下はひょいと肩をすくめて歩き出した。 木戸を閉める直前に、食満の耳に教師の間で交わされる矢羽音が聞こえたがそれが何を意味した音なのかは分からない。 ただ、手に持った荷物が明らかに重くなっていて、覗き込んだら辣韮の壷が入っていたのに呆れてしまった。 「いつの間に…」 「ど根性だな」 食満の荷物を覗き込んだ木下が、答えになるようなならないような事を言い、再び足を進めた。 それに遅れぬようついて行く食満に前方から流れて来た言葉。 「それも、良いかも知れないな」 「え?」 「…のんびりと、待ってるぞ留三郎」 思わず足を止めて木下の背中を見つめてしまった。 食満が止まったのを察したのか、木下も足を止めたが振り返る事はしない。 その背中をじっと見つめていると、先ほど灯った胸の内の明かりが揺らめいて一際大きく輝くのが分かる。 「早く、来い」 その言葉が、今足を止めた事に対してなのか、先ほどの発言に対してなのかは分からなかったが。 荷物を今一度握りしめて、食満は地面をしっかりと踏みしめて歩き出した。 「大星が午中するまでに学園に帰るぞ」 「はいっ」 少し歩調を早めた木下に続いて、食満も足を動かした。 その背中はまだ遠いけれども。 いつか、並んで進めるように。 まずはこの一歩一歩を、しっかりと、己に恥じぬよう大地を踏みしめて。 課題の木下先生×食満でしたが…散々お待たせしたあげくが、これ木下先生×食満?でしょうか? なんかこう、尊敬している人といつか並んで、背中を預け預けられの位置に立ちたいと思うのが凄く萌える教師と生徒との関係なのですが‥‥ 顔は恐いけど生物部顧問で動物に懐かれる木下先生と、こちらも一見怖い顔だけど言わずと知れた保父さんな食満って似てたら良いなという妄想の産物。 ちなみに大木先生の登場は、私が素ボケをかまして最初に間違えて「大木先生×食満」と言ってしまったので、いっそ出してしまえと(笑)(いやこちらも好きなんですがね) 大木先生も木下先生も、現6年はお世話になっているという勝手な設定です。 ちなみに木下先生を怖がらない他の生徒は生物委員会の面々かな ……桃色でなくてすみませんー。 ネタだししてから、「あれ?もしかして課題は桃色‥‥?」と思い当たりました。 再提出はお申し付けください。 という訳であの日のひとときにおつきあいくださった皆々様へ捧ぐ。 |