うわ、なんだか嫌なもの見た気がする。
そう思って気がつかなかった振りをして足早に抜けようとしたのに。
「やあ」
思い切り声をかけられては足を止めざるを得ない。
私服を着た留三郎が立つのは峠の小路。もう少し先を行ったところには美味いと評判の茶屋があったはずだ。
それなのに。なぜこの人たちはこんなところでこんな事をしているのだろう。
「そんな露骨に嫌な顔をしなくても」
「そりゃー普通嫌ですよ。意味も分からず怪我させられてる相手の顔なんか」
「えー、そうなの?」
「そうですよ。ねえ、食満留三郎君」
こちらを向いて名指しで話しかけられては無視もできないではないか。
小さくため息をつけば、名前を呼んだ男がもう一度口を開いた。
「この間はどうも。組頭がご迷惑おかけして。傷、残りませんでした?」
「あー、はい。もうすっかり」
うっかり返事をして、そうじゃなくてと自分で突っ込みを入れたくなった。なんだこの井戸端会議のような牧歌的雰囲気は。
「すいませんが、先をいそ…」
「本当はねー、消えない傷を残すつもりだったのに。ほんと上手く避けられちゃったー」
適当に流して、あとはもう忘れようとしたのに、その横からまるで世間話の延長のようにかけられた声に思わず視線を向けてしまった。
留三郎が目を剥いた先には包帯だらけの男が団子を片手にのんびりと座っている。
覆面したままどうやって食べるんだろうとかそんな場違いな疑問が頭をもたげたが、今の問題はそれどころではなく彼の口から発せられた物騒な台詞だ。
けれども、緊張を露わにする留三郎の気勢を削いだのはまたしてもその隣にいる男。
「もー、組頭!そう言う事言っちゃ駄目ですってのに。すいませんねー。今のって組頭的には褒め言葉なんだよ。あ、申し遅れましたが、私は諸泉と申します。幾度か顔は合わせましたがご挨拶はまだったよね」
思わず、ご丁寧にどうもとお辞儀を仕返しそうになるが、勿論そんな場合ではない。
褒め言葉と言っても、一段どころか二段も三段も上から「よくできました」と幼子の頭をなでるようなものだという事位は理解できる。
あからさまな緊張は解いたものの、それでも油断なく二人を胡散臭そうに見る留三郎に、諸泉と名乗った男は世間話でもするように続けるのであった。
「ほら、組頭こんなだから、いくら変装してても目立っちゃうんだよねー。だから私がお使い行って来たという訳」
ははははっと笑いながら指を指したのは雑渡が手にしている団子である。
確かに『何してんだこの人たち』とは思ったが、別に今そんな事が聞きたいわけではない。
そんな事百も承知だろうに、諸泉はその笑みを消す事はなく。
「あそこのだんごは絶品でね」
「聞いた事はありますね」
「君も買ってきたらどうかな?」
いやいやいや、確かに食べたい気持ちはあるが食べるなら、茶屋で食べる。何も買ってきてあんたらと一緒にここで食べる意味ないから。
そう言いたくてたまらないが、にこにこと笑う男の笑顔を見ると、どうにも無碍な態度を取るのは悪い気がしてしまう。
そこが己の甘い所だと重々承知はしているのだが。
無視をして立ち去る事も出来ず、かと言って言われたとおりの事をするなんて冗談でもなく。
一瞬の逡巡を見透かされたかのように、包帯の男がクスリ、と笑った気配がした。
「…そんな暇はありませんから。失礼」
覆面の下の気配だけだったが、充分にムッとしてその場を立ち去ろうとした留三郎の背中に独り言のようなくぐもった声が覆いかぶさってくる。
「…ハナオチバタケ城に向かうなら、気をつけてね」
ぴたりと足を止めゆっくりと振り返った。
「ハナオチバタケ城は反対方向じゃないですか?タソガレドキ忍組頭ともあろうお方が、何を勘違いされたのやら」
口元を笑みの形にして、やっとそれだけを言い残す。
「そうだったかな?勘違いだったらすまないね。まあ、どこに行くんでも気をつけるに越した事はないね」
嫌味すら軽く受け流す余裕の表情を振り切るように、留三郎はそのまま立ち去った。
 
 
「…まったく、意地悪なんですから。あんまりからかっちゃ駄目ですよ」
「いやごめんごめん。なんか面白くて」
「あーあ、かわいそうだなあ。あの子達」
「失礼だなあ。褒めてるんだってば」
「そりゃ分かりますけど、本人達には伝わってませんし」
 
 
彼らと別れ道を急ぐ留三郎はぎりっと唇を噛む。
「雑渡、昆奈門…。どこまで知ってんだ」
彼が指摘した通り、留三郎の目的地はハナオチバタケ城であった。
そして、留三郎が彼に言い返したようにハナオチバタケ城に向かうにはこの道は通常使わない。
道中を誰に見られているか分からない、またはつけられているかもしれない、そんな時の用心に敢えて関係のない方角へ向かい、大きく迂回して目的地へと進むのは良くある事だ。
今も、真の目的地であるハナオチバタケ城とはまるで違う道を歩いている。
それなのに、一発で目的地を見破られてしまった。
彼が、自分の行き先の情報を持っているのか。
はたまた、遠回りをしている事すら計算に入れて予測をつけられてしまったのか。
それすらも判断が付かない。
唇を噛んだまま、おそらくは相当に険しい顔つきで留三郎は足早に道を進んで行く。
「おーい!…あれ?おーっいってばーー!!!…ちょっ!!ちょっと待ってよ〜〜」
何も耳に入らず、ずんずんと進み続けていると不意に肩を掴まれた。
はっとして振り返り、そこに見知った顔を認めた途端、また別の手に思い切り襟首を掴まれてしまった。
「あんたっ!食い逃げかいっ!逃がさないよ!!そっちのもグルかいっ?」
「え?」
「あ、ちちちちちちちちがいますっ!!」
襟首を掴んでいたのは、食堂のおばちゃんもかくやという程の迫力を持ったご婦人である。見れば隣で伊作が同じように襟首を掴まれている。
おそらく最初に留三郎の肩を叩いたのは伊作であろう。
すったもんだの騒動の末、茶屋のおかみであった婦人に謝り倒し、改めて二人分の団子と茶を注文した。
「んもー、待ち合わせの場所で待ってたのに、無視して行っちゃうしさー。何度呼んでも気が付かないから慌てて追いかけたら、おばちゃんに食い逃げと間違えられちゃったじゃないか」
「それに俺が巻き込まれたのか…いや、発端は俺か。すまんな…」
考え事に夢中になった留三郎が、落ち合うはずの伊作すら頭から抜け落ちて先を急いだ挙句の騒動である。己への反省と共に幸先の悪さに頭を抱えたくなってしまった。
「まあ別にいいけど」
運ばれてきた熱い茶をずずっっと啜り伊作は嘆息する。
「で?何があったの?君が文次郎との喧嘩以外でそんなに頭に血が上って周りが見えなくなるとは珍しいね」
軽い嫌味も交えて尋ねた伊作の言葉に、はっと先程のやり取りを思い出す。
「そうだ!伊作、お前いつからこの茶屋で待っていた?」
「へ?いや、そんな時間は経ってないよ。君が来るほんの少し前だ」
では、その前に団子を買いに来たという諸泉には鉢合わせはしていないのだろうか。しかしそう楽観もできない状況に、改めて留三郎は先程遭遇した出来事を伊作へと話した。
「…ふうん…そっか。僕は会わなかったけれども。でも…僕が居る事も承知してるだろうね」
あの人たちのことだから、そう言ってため息を吐く伊作の意見に留三郎も異論はない。
相手の技量や情報収集を称えるというよりは、訳の分からない行動故の諦めの心境である。
「問題なのはそれが偶然なのか、意図的なのかって事だな」
「だねえ」
今度は二人そろってため息をついた。
二人の目的は学園長のお使いである。ハナオチバタケ城の動向を探ってくるという状況に応じて難易度が大幅に変わってしまう内容だ。できれば厄介な事にはならないで欲しかったがどうやらはかない望みとなりそうであった。
ハナオチバタケ城は取り立て悪い噂はない城ではあるが、かと言って良い噂も聞かない。
ある意味で権謀術数に長けた城で、良く言えば立ち回りの上手い、悪く言えば主体性がなく常に有利な方へと手のひらを返す、そんな城である。
過去にこの城の動向一つで戦の結果ががらりと変わった事など何度もある。何しろ昨日までの味方が翌日には敵方へと付いているのだ。
最近はこの近辺で戦もなく、表立っての動きはないが、今現在の動向を把握しておきたいのは忍術学園としては尤もな事であった。
そんな内容の『おつかい』を仰せつかった二人ではあるが、既に暗雲が立ち込めたと言ってもいいだろう。
「僕としては、あの変態が意図的にまたつけてきたの方がまだマシって気がするね」
「変態ってお前な。まあ否定はしないが」
散々な言われようではあるが、こちらの常識では図りえない彼の行動はそう言っても問題ではない気がしたので、この顔に似合わず案外口の悪い男の言うに任せておく事にした。
「でもまあ、確かにその方がマシだな。偶然って事は、あちらさんも同じ場所に用事がある、またはあったって事だしな」
たとえ訳の分からない男であろうとも一つの城の忍組頭である。つまらない事に駆り出されることはあるまい。それはつまり、『つまらない事』以上の何かがあの城で起きている事になる。
「希望はともかく、僕の不運的には、どう考えても偶然って可能性が高いね」
「…お前さん、それ言っててむなしくならんか」
「実績に基づいた確信だよ、悲しいかなね」
大真面目な顔をした伊作とは対照的にその台詞を聞いた留三郎は思わず笑みを漏らしてしまった。
留三郎の笑みを見て、伊作も笑う。
やはり自分達はいい相棒だと、互いに確信をして。
串に残る最後の団子をぐいっと歯でこそげ取り、湯飲みに残った茶を飲み干した。
ぐっと伸びをして気合を入れる留三郎の隣で伊作も勢いをつけて立ち上がる。
今度はきちんと勘定を置き、二人そろって歩き出した。
雑渡が呟いた「気をつけてね」との言葉が伊作の予想を肯定しているのだ。もう厄介事は避けて通る事はできないだろう。後は腹をくくるのみだ。
「ま、どうせ伊作と組んだ時点で不運は覚悟してたんだ。不運が、ちょっとばかり予想以上の不運になったってだけの事だな」
「うっわ、何それ留三郎酷くない?正しいけどさ」
「肯定してんじゃねーよ自分で」
二人で軽口を叩き合う内に、過度な気負いも緊張感も消えうせて、肩の力の抜けた平常心とこの先に起こる事への鋭敏な予測が張り巡らされる。
この二人が互いに会話を交わしたことによって、現在一番己らしさを発揮しその実力を最大限に活かせる精神状態にあるのは一目瞭然であった。
そんな彼等を、二人の警戒範囲ギリギリの場所から、彼らがこき下ろしていた男が様子を伺っていた。
「やっぱり面白いよね、あの二人って」
「…で、われわれの仕事終わってるんですからね。一応言っておきますけど…」
「そうだっけ?」
「そうですよ!!寄り道しないでくださいよっ!!」
「ところでさー、変態って酷いと思わない?」
「自業自得だとは思いますよ。って話逸らさないで下さいっっ」
 
 
 
一方の伊作と留三郎は、予め想定していた迂回経路を使い、ようやくハナオチバタケ城領地内へとたどり着いていた。
「…ねえ、なんか変じゃない?」
「…こんなに荒廃した村じゃなかったはずだ」
そっと交わした会話の通り、村は閑散としてどこか暗い空気が漂っていた。
勿論ここは領地の外れであり中心的な町ではないが、それでもこの荒んだ雰囲気は尋常ではない。
畑を見ても作物の育ちは充分なようで不作故の事ではなさそうだ。
二人は必死でこの村に漂う違和感の正体を探ろうとするも、この小さな村だけでは何も分からない。村人にさりげなく尋ねてみても一様に言葉を濁し立ち去っていくだけだった。
これ以上はよそ者には探れないだろうと判断をして、二人は小さな村を出る。
そうして、また次の小さな村へとたどり着いても同じ雰囲気が漂っている。
「これは、まさか領地内全体がこうなのか?」
「一体何が原因なんだろう…。留三郎は何かきづいた?」
「いや…何かが変だとは思うんだが」
「うん。そうなんだよね。何かが。流行病でもなさそうだし、一体何事なんだろう。もっと大きな町へ行ってみれば分かるかな?」
「それしか、なさそうだな…」
二人は足早にいくつかの村を通り過ぎていく。いずれも同じような違和感を感じつつ、少しずつその正体に気がつき始めていた。
それでも、確証をもつにはいたらなかったが、城下の町へと入れば、その予想が正しかった事を知る。
元々城主が立ち回りが上手いだけの事はあり、領地一帯はかなり栄えているのだ。統治も表面上は上手く、領民から表立った不満が出ないようにする手腕は素直に見事なものであった。
だから、農村も町も豊かで市場には活気があったはずなのだ。
それが今では農村と同じようにこの町でもどこか暗い空気が漂っている。
「留三郎…気付いた?」
「そりゃこんなにあからさまならな」
町に立っている市で売り買いされているもの。それらの質は変わってはいなかった。つまりは生活水準は変わっていないのだ。
けれどこの漂う雰囲気。その正体は。
「地味…だよね。この市」
「そうだな、はなやかさが全くない」
通常の市には生活必需品にまぎれて女性を飾る色とりどりの品を売る者が必ずいる。そして当然のごとくそこには若い娘を中心に人が群がっているのだが。
この市にはそれがないのだ。いや町のどこを見ても、思い起こせば今まで通ってきた村々でも。
若い娘の姿を全く見なかった。
見かける女性と言えばある程度年かさの、それでも少し怯えたように足早に駆け抜けていく者ばかり。

一体何が起きているというのか。
「どーする留三郎?」
「どーするってったってなあ…。『何か』が起きてんのは間違いねーだろうし。そしたらそれを調べなきゃなんねーんじゃねーのかやっぱ…」
「だよねー」
がっくりと肩を落とす伊作であったが、留三郎とて心境は同じだ。
何故によりによって、こんな厄介そうな事にぶち当たるのかと。もはやため息すら出てこない。
「で、どーしよっか?いっそ女装してみる?」
「却下」
伊作の案は間髪入れずに却下される。勿論敢えて渦中に飛び込んでみるのも一つの方法ではあるが、何一つ分からない状況であまりにも無謀だ。おまけに自他共に認める不運な面子では楽観的な予測などできやしない。
「大体、まさかこんな事になると思わんからな。道具もないし。この市の有様では現地調達もできやしない」
 おやー、じゃあもし現地調達できたら案外やる気あったんだー、それはそれでちょっと見てみたかったなー、などと緊張感のないことを考えていたら、全て顔に出ていたらしく伊作の後頭部に留三郎の拳が飛んでくる。
「お前がやったらまず間違いなく厄介ごとが10倍になるからだろうがっ!そうじゃなきゃ誰が好き好んでするかっ!」
軽く殴られた後頭部をなでて、伊作はへらっと笑った。
「何だ僕のためー?やっさしー。でもねー、君が渦中に飛び込んでも厄介ごとは3倍位になると思うよ?」
10倍よりはマシだとは思うけど、と付け足したら、留三郎は毒気の抜かれた顔を伊作へと向ける。
アホかと呟いて。それから二人して同時に噴出した。
「ま、どのみちできない事であーだこーだ言ってるのも不毛だな」
「そだねー。そしたら正攻法で行きますか」
「あー、じゃそれは伊作に頼む」
「了解〜〜じゃ、あと宜しく」
その場に留三郎を残して、すたたたっと駆けていく先はまさに市のど真ん中。
何食わぬ顔をしてキョロキョロと店を覗いて回る。
品物を見て回る買い物客の振りをしながら、一つの目星をつける。やがて向かったのは店を出している中でも一際繁盛し、顔の広そうな男の元。
「よお!兄さん!買っていかないか?じっくり見てってくれ!」
「へえ、中々いいものだねー」
「だろ?兄さんはこの辺のもんじゃないのかい?」
「ああ、郷里に帰る途中でね。ここの市は中々立派だって聞いて立ち寄ったんだ」
さりげなく、この辺りの者では無い事を強調する。こういう時には柔和な伊作のたたずまいは重宝する。
その間留三郎は油断無く周囲を伺い、周りの者達の反応を盗み見たり辺りに怪しい影が無いかどうかを調べるのだ。
「ところで…」
伊作は何気なくきょろきょろと男の売り物を見る。
「おっ、何かお探しかい?」
「うん。妹に紅か小袋でも持っていってやりたいんだけど…そういった物は置いてないのかな?」
何気なさを装い伊作は確信へと迫る。市の男は困ったように眉根を寄せた。
「あー、時期が悪かったなあ兄さん。いつもは自慢の品があるんだけどな」
「へえ?そりゃぜひ見たかったのに残念。一体どうしたの?売り切れですか?」
ごくごく自然な会話の流れ。男は微塵も疑わず、伊作の質問にまったく困ったもんだと愚痴をもらすのであった。
 
 
「お待たせ」
「収穫ありって感じだな」
適当な品物を選んで買ってきた伊作は、市場から少し離れた場所で留三郎と落ち合う。
「うん。一応はね…」
「その顔は、余計厄介ごとを拾ってきたって感じだな」
的確な突っ込みに伊作は大きなため息をつく。
「その通り。なんか変な事になってるみたいだよ」
そう言いながら伊作は集めてきた情報を留三郎へと伝えはじめた。
やはり二人が睨んだとおり若い娘達に異変が起きていた。
突然城主が領地内の娘達を無理矢理に連れて行きだしたというのだ。
「多少曖昧な部分も含めて年のころは大体十三だそうだ」
最初は城へ呼ばれたと喜んでいた家族達も彼女らが一向に帰ってこないと次第に怯えるようになっていく。
娘が居る事を隠し、家から出ないようにする者も多くなってきた。
家に閉じこもる娘のため、土産にと色鮮やかな小袋や紅を買っていった者は、家に娘がいると知られてしまい娘を連れて行かれたという。
そんな訳で、市からは娘の好むものは姿を消してしまったのだ。
今の所は年齢が限られているが、いつ他の年齢の者も連れて行かれるかと女性達は酷く怯え、幼子も、年かさの女も外出は控えているのだという。
「僕があそこで聞いてきたのは大体こんな感じかな」
「成る程な、そんな状況なら村も街も全体がおかしな雰囲気になるだろう。それにお前がその話を聞いている間、そっちを見てる男がいたぞ」
「へえ…」
「ま、疑われている様子はなかったが、町に目を光らせている者がいるのは本当のようだな」
この分だと、娘への土産を買ったら家から連れ出されてしまったというのも事実だろう。
「…おそらくは身なりから言って城の者ではないかと思う」
「てことは、やっぱり娘達を集めてるってのは城主の仕業って事か」
「酷い目にあってないといいけど」
まずは状況判断をせねばならないだろう。事によれば一旦学園に帰り指示を仰ぐ事も視野に入れなければならない。
そのためにはより早く正確な情報を掴む事が必要だ。
「娘さん達…ねえ。なんでそんな事してるんだろう」
「それを探るのが今回の『お使い』になっちまった訳だな」
二人は顔を見合わせるまでもなく同時に深いため息を吐き出すのであった。
そもそも、謀に長けたハナオチバタケ城主である、いたずらに領地内を荒れさせたり己に対して不信感を抱かせたりするような真似をするとは考えにくい。
そうなれば、可能性は二つ。
一見おろかな事に見えるこの所業が、何事かの謀略の一部であるか。
または…城主が乱心したか。
「領地混乱に陥らせて何の謀があるってんだ?」
「えーと、混乱しかたに見せかけた他の城へ油断を誘うとか?」
「あー、ありそうだな。どっかと手を組んで他の城が誘われた隙に背後から叩くとかな」
「そうするとどこと手を結んだかが重要か。でも乱心の線もあるしなあ」
「んー、確か娘がいたなこの城には」
ハナオチバタケ城には姫がいる。勿論城主の娘である。この城主であれば娘すら謀略の駒として政略結婚でもさせるかと思われていたのだが。この姫は城主が唯一損得勘定抜きに慈しむ存在だったらしく、あらゆるものを与えて可愛がっていた。
「確か、今回連れて行かれている娘さん達よりは少し年上だったと思ったけど」
「でも年は近いな。こちら関係の乱心の可能性もあり、か」
「あーもう頭痛い。さっぱり手がかりはわかんないよ」
「まあ行動あるのみってとこか…」
これ以上は城下で探っても目ぼしい情報は集まらないだろう。多少の危険を冒しても城内へと侵入する他はなさそうだ。
伊作は先程市で動向をうかがっていた男から顔が割れている恐れがあるので真っ当に忍び込む。そうして留三郎は仕事を探している振りで城の人足として潜り込む事にした。こうする事で互いにさりげない手助けも可能になるだろう。
「気をつけろよ」
「そっちもね」
短い言葉を交わし、伊作は市中へとまぎれ、留三郎はその足で城へと向かうのであった。
 
留三郎の城内への潜入は本人が拍子抜けするほど簡単に済んでしまう。普段よりも更に目つきを悪くして「日銭を稼ぐ宛てはないか」と尋ねれば、あっけないほどに入城を赦された。
曰く、最近余計な仕事に人手を割かれて人員が足りない、見れば腕は立ちそうだから上に話はつけてやると、その場にいた男の独断で雇われる事が決定してしまったのだった。
これは、想像以上に内部が混乱しているなと演技ではないしわが眉間に寄った。
もしかすると謀略の類ではなく、本当に乱心なのかも知れない。だとしたら大きな混乱が起きる可能性がある。
ともかく今は真相を突き止める事が先決だと留三郎は静かに決意を固めるのであった。
一方の伊作は空が闇に染まるのを待つ。
首尾よく留三郎が城内へと雇われるのを確認し、後は己の準備を万端にしておくのみだ。
けれど、その晩留三郎からの合図は来なかった。
勿論初日に派手に動けないのは重々承知の上。まずは内部に取り入る事が先である。
伊作は静かに闇にまぎれて城内の動向をうかがっていた。
結局朝まで何の動きも無く、やがて町の人々も活動を始め出す。城内でも一日が始まり人の行き来が生じているようだ。
そんな中で城から出てきた男達の中に留三郎もいた。
それぞれ用事を言いつけられているらしき男達は方々へと散っていき留三郎はそれにまぎれるように伊作の元へとやってきた。
「どうだった?」
「…やはり、乱心だな…だが。殿ではなく、姫だ」
「姫?一体どういうこと?」
「…いや、殿が乱心させられた、と言ったほうがいいのかもしれない。ともかく面倒な事になっている」
はっきりしない留三郎の言い分に痺れを切らせた伊作は一体どういうことかと詰め寄った。
「…この辺りで少し前に流行り病があっただろう?あれにここの姫も罹ってしまったのだそうだ」
まさかその後遺症かなにかで、と顔色を悪くした伊作であったがそれはすぐに否定された。
「幸いに病からは回復したのだそうだが、その…、なんだ…病後に少し……
 …
  …妙に老けてしまわれたとの噂が立ったらしい」
当の姫を気遣ってか妙に口ごもる留三郎ではあるが、伊作にとっては馬鹿馬鹿しい気遣いとしか思えない。それでも一応は黙って聞いていた。
「まあ、それで女性だしな、気に病んでいたらしいのだが。そこに旅の占い師とやらがやってきて…。町でかなり評判となっているうちに、城に入らずとも姫の悩みを当てて見せたらしい」
そこですっかりその占い師を信用し傍に召抱えてしまう。己の老いた姿を嘆く姫に占い師が持ちかけたのは怪しい法術。
齢十三の娘達を三十三人集めて城内から出さずに置けば、再び若さが手に入るだろうと…。
「…それで領地中から娘さんたちを連れ去ってるって事?娘可愛さに殿もそれを了承してるって事、か」
「まあ、そういうことだ。娘達を連れてくるのに人手を使っていて、城内では人手不足だ。おかげで俺も簡単に雇われる事ができた訳だが…」
命令とは言え若い娘達を無理に連れてくる事を好んで行う者はいない。また、無理に人手を割かれている所為で他の者にもかなりの不満が生じている。
新参者である留三郎にすら愚痴めいた噂話が流れてきたのはそういう訳だ。
留三郎の話を黙って聞いていた伊作が少し考えてから口を開く。
「留三郎はさっき、姫様の事気遣って言葉を濁したんだろうけど…僕から言わせれば病の後に老け込んだなんていうのは、ただの病後のやつれに過ぎない。そんな事は保健委員の下級生にだって分かることだ」
例えそうであっても、女性としてはそんなやつれた姿を嘆くのは当然であるとは思うのだが、本人を目の前にするでもないのに気遣う必要などはないと伊作は淡々と話を進める。
「そ、いうもんなのか?」
「そーいうもんなの」
大体この場にいないうえに会ったこともないような姫の心情慮ってどうするんだと、案外に現実的な伊作は思うのだが、そこはそれ、いかにも留三郎らしいと思う事にする。
「ま、ともかくだね。その占い師ちょっと怪しいね。若い娘達を…だなんてどこかの妖術でもあるまいし」
「…でも、城に入らず悩みを当てたんだろ?」
「あのねー、今僕も言っただろ?病後はやつれて当たり前。そして女性ならそれを気に病むのも当たり前」
こめかみに指をぐりぐりと当てて伊作が呆れたように低い声を出すと、あっと気がついた留三郎が手を叩く。
「なるほど。少し想像すれば分かる事で信用させて…。姫様に与迷いごとを吹き込めば」
「娘可愛さに、殿様も好きにさせるだろう」
「ここの殿を騙すのは骨が折れるが、娘をつけば容易い…」
二人で導き出した答えに視線を合わせ頷いた。
「問題は、それがどこの手のものかって事だね」
「作戦変更だな。そこから行こう。町で評判だったって事らしいからそっちは伊作、頼んだ」
「じゃ、城内の噂は留三郎に任せたよ」
話し合うまでもなく、すんなりと役割は決まる。
再び伊作は市井に紛れ、留三郎も城から与えられた用事を済ませるべく足早に向かうのであった。
翌日、心なし二人ともげっそりとした表情で落ち合う事になる。
「やあ…どうやら占い師の情報あったみたいだね」
「おお。そっちもだろ。つーか、お前当たりつけて探ったろ?」
「てことは君もでしょ?」
あの後別れ別れになったあと、それぞれがふとある可能性に思い当たったのだ。
その予感はほぼ確信として、情報をと言うよりは証拠を集める形でその予想が正しい事を互いに確信したのだった。
「占い師の風貌は顔も身体も布で覆った男。ちらりと見えた隙間からは顔をほとんど覆う包帯が見えたらしいよ」
「…触れ込みでは厳しい修行を積んだ結果らしい。そりゃ信憑性も高まるって訳だな」
互いに得た情報を交換して、今まで最大のため息をつく。
「なんかもう、確認するまでもないね」
「あーもう。どう考えたってその占い師は雑渡昆奈門じゃないか」
言いながら留三郎は、先日であった際の彼の部下の言葉を思い出す。
 −こんな風貌をしているから、変装をしても目立ってしまう
それは確かに間違ってはいない。けれども、それさえも逆手にとって見事に説得力のある変装を成し遂げて見せたのだ。
「まったく盲点だったよね」
伊作が天を仰いで参ったと言うように両手を挙げれば、留三郎も異存はない。
まさか、彼が表立って動いていたとは思わなかった。ついつい裏で手を回しているのだろうと思い込んだ結果、大分無駄足を踏んでしまったようだ。
ともかく、はっきりした事は、タソガレドキ城がこの混乱を招いたのだと言う事。
何のためにかなど、考えるまでもない。
「さて、これで一応学園長のお使いは済んだけど…」
だからと言ってこのまま引き返す事などしないだろうと分かっていて伊作は言う。
「…あのさ、伊作。どうせなら、無理に連れてかれた娘達を家に戻してやりたいんだが…」
だめかな?と伺うような顔を見せる留三郎に伊作はやわらかく笑みを返した。
本来ならば二人の役目は諜報でありそれ以上のことはするべきではない。
探りに来た事さえも相手に知られてはならないのだ。
けれども。
「どーせ、雑渡さんも僕らが来てる事知ってるんでしょ。だったら隠す事ないよねー」
にーっといたずらめいた表情で言えば、同じような顔を留三郎も返してきた。
「むしろ挑発してきたのはあっちだしなー」
売られた喧嘩は買いたがる留三郎らしい物言いだ。
にやりと笑った顔のままで、二人はパンっと互いの手のひらを打ち鳴らすのであった。
 
「そんで、どーするかな。娘達は今の所手荒な真似をされるわけではないが一室に押し込められて出入りは許されてない。場所は分かっているし見張りの者を誤魔化す事は容易いが…」
「でも、それじゃ姫様には逆効果だね。もう一度娘達を捕まえて今度こそ何をするか分からないよ。要するに姫様がもう娘達に用無しだと思えば良いわけだよね」
「…どーすんだよ」
「簡単簡単。胡散臭い占い師を信じる位の姫様だよ。同じ事してやればいいだけさ。」
まずそれが分からんという顔をする留三郎を伊作はおかしそうに笑う。
「まったくもう。後輩の気持ちは見事に掴むくせに、女性の心の機微には疎いね相変わらず」
「…それとこれとは別だろ!ったく!ともかくそこまで言うならお前にまかせたからな!」
「はいはい、適材適所ね。じゃ、留三郎は僕が堂々と城に入れる手引きしてよ」
まるで教室でじゃれ合いをしているかのような二人。それが作戦会議などとは端から見ている分にはまるでそうは思えない。
 
そうして、数刻の後…
あっさりと開放されて嬉しそうに家に戻る娘達の後姿を留三郎はぽかんとした顔で見送るのであった。
「やー大成功」
「…伊作、お前一体何したんだ?」
留三郎がしたのは、旅の途中の腕の良い医者が今町にいるらしいと提言をしただけである。
後は伊作が尤もらしく、町で一つの話題を振っていた。
別の城下町で流行った病を見ていたが、その病には後遺症があった。ここでも病は流行ったようだが後遺症が出たものはいないのかと。
そんな話をすれば、誰かからでる城の姫の事。大げさにそれは大変だと心配そうなそぶりを見せて、城へと出向く。
その頃には留三郎が広めた医者の話は城内に広がっており、伊作はすんなりと迎え入れられた。
そこで、一体どんな手腕を振るったのかは分からないが、結果を見れば伊作が上手くやった事は疑いようはない。
「何、簡単だよ。適当な診察をして。後遺症などはないと言い切った。姫様は納得しなかったけれどもね。老け込んだのが後遺症なんだって思い込んじゃってさ」
「それをどう納得させたって?」
「大体もう病後のやつれなんてとっくに治ってるんだ。思い込んじゃっただけでさ。そしたら本当のこと言うだけでしょ。真面目な顔して綺麗なのに美しいのにって褒めちぎっただけ」
「本当の事ねえ」
少し不機嫌そうな留三郎に伊作は噴出した。
「あれ?焼いてくれた?」
「馬鹿たれ」
「ま、いーけど。それからちょっとだけ、綺麗ですが少し…って言葉を濁したんだ。案の定物凄く食いついてきたから、そこで言ったわけだ。
『何か怪しげな事をしたり、誰かを困らせてはいないですか?色々な患者を診てきましたが、己のためだけに誰かを害すればそれは己の身に返り、姿かたちが醜く歪みますよ』
とね。」
そうすれば、見る見るうちに顔を青ざめさせた姫は、すぐさまに娘達を解放させたのだと言う。
「あー、要するに医術で異常はないと信用させて、お前の顔で誑し込んで、駄目押しに占いに頼るような姫様に同じように迷信で脅しをかけたと…」
「人聞き悪いなー。まあ丸く収まるための方便って事で」
「確かに適材適所だな。俺にはできん。さ、帰るか」
「いいの?城の方誤魔化してこなくて」
「ああ、お前が娘達解放したおかげで人手不足は解消。俺もめでたく首だ」
見事に四方八方丸く収まったと二人笑い合い、城を後にする。
城下町を抜け、小道へと差し掛かった所で二人は足を止めた。
傍らに立つ木の幹。丁度二人の目線の高さに突き立てられている苦無。
二人同時に盛大なため息を吐き肩を落とす。
「随分酷い態度だね」
「そりゃー、なるべく会いたくないですから」
突然振ってくる声にもさらりと嫌味で返したくなる。
けれども声をかけた相手はそんな嫌味にもまったく答えた様子などはない。
「とは言ってもねー。一応こちらの作戦台無しにしてタダで帰れると思った?」
言いながらひらりと木から下りてきてやっと二人の前に姿を現したのは包帯だらけの男。この町で占い師として身をおいていた男である。
「何言ってるんだ。俺達がハナオチバタケ城に行く事なんて最初から知ってたくせに」
「そりゃ知ってたけどね。でもまさか全部台無しにされるとは思わなかったよ。
 結構あれ準備に時間かかったんだよー。まさか三日でつぶされるとは思わなかったな」
そうは言いつつも、言葉の内容ほど口調に棘はない。尤もこの男に限ってはその表面上すら当てにはならないが、どこか楽しんでいるようにも取れるのは事実であった。
「あなたが言ったとおり『気をつけた』だけのことですよ。ご忠告ありがとうございました」
「言ってくれるね」
くくっと笑って雑渡は木の幹に突き立てられたままだった苦無を引き抜いた。
瞬間的に身構えた二人に余裕の笑みを向けて、わざとらしく懐へとしまい込む。
「そんなに脅えなくてもいいよ」
明らかな挑発の声音。
留三郎はカッと頭に血が上りかけるが、傍らの伊作がそれを引き止める。
「そりゃそうでしょうよ。あなたともあろう人がこんなヒヨッコ達に出し抜かれて腹いせをしたなんて、格好着かないでしょうからね」
冷静に言い返したように見える伊作とて、これが精一杯の虚勢で、背中には冷や汗をかいている。
どうせそんな事も見透かされているのだろうけれども、三者三様でじっとにらみ合いを続けていた。
そこへ。
「んもー。どーしてそー素直に褒めないんですかー!」
またも場の雰囲気を読む事もせず割り込んだのは、部下の諸泉であった。
木の枝からぶらんと逆さまにぶらさがったと思えば、そのままくるりと一回転して雑渡の隣へと降り立つ。
「ほんとごめんねー毎度毎度。こちらの仕事は終わったんだけど、組頭がどーしても君たちの手腕見て行きたいって駄々捏ねてね。さすがに私達の仕事ってバレバレだよねーって見てたんだけど、まさか姫様懐柔されちゃうとは思わなかったって感心してたんだよ」
やはり今回も毒気を抜かれたが、それは伊作も同様だったようで、二人はぽかんと諸泉の言葉を聞いていた。
どうやらハナオチバタケ領地内にいる間ずっと彼らに動向を見張られていたようだが、まったく気がつけなかった事にもはや舌打ちすら出て来ない。
「ほら、組頭もちゃんと負けを認めないと」
「うーん。確かに今回はこっちの負けだね。私はどうにもこう‥‥人を上手く操るのは不得手でね。ついつい不自然なこじつけしかできないのだが………その点伊作君は上手いね。留三郎君の誘導もお見事だったよ」
諸泉にせかされて雑渡の口から出たのはそんな言葉である。いくら褒められたとて素直に喜ぶ訳があるはずもない。
高みから良くできましたと褒められても、教師でもない以上それは神経を逆撫でするだけだ。
「で?何がいいたいんですか?他に言う事ないのなら、我々は先を急ぎます。そちらだって、新たにまたこの城を混乱に陥れる算段をしなければならないんでしょう?」
いらついたような伊作の言い草に、タソガレドキの二人はおかしそうに顔を見合わせた。
「いやあ、確かにその通りー。ただでさえ組頭の我が儘につき合っちゃったんですからねー。早く戻らないと」
へへへっと頭をかく諸泉と、更に目を細めておかしそうな雑渡。
「他に言う事、ね。それじゃあ、今回の二人の手腕を買って、我が軍へのお誘いってのはどうかな?」
雑渡の口から滑り落ちた言の葉に、伊作も留三郎も露骨に嫌な顔を見せる。
「おやー、何その顔」
「だから、そりゃそうですって組頭。いい加減懲りてください」
諌める諸泉は半分諦め顔であったが、その内容に驚いた節は無い。
「結構本気なんだけどな」
とてもそうとは思えぬ軽い口調で拗ねたように部下を睨んだ雑渡に、留三郎が特に剣呑な視線を向けるのであった。
「………アンタ以前、伊作は手に負えないから部下にする気はないと言ったくせに、あっという間に宗旨替えか?」
始めて聞く内容に伊作は驚いたように目を見開いて学友の顔をまじまじと見つめていた。
ますますキツくなる留三郎の視線を軽く受け流し、雑渡の目が三日月の弧を描く。
「うん。伊作君とは同じ土俵には上がりたくない。これは今でも同じだね。厄介そうだ。でもほら、今回みたいに私が苦手な事とかね。君たちの言葉で言う所の適材適所って奴ならいいんじゃないかと」
一体どこからどこまでを見ていたのか、呆れすら通り越してしまう。
「おい、伊作…やっぱこのオッサン病気か?」
「ま、そうだね。変態という病気だ」
「だから君達酷いってば」
「ともかく全力でお断りします」
「おやそーかい。じゃ留三郎君は?」
会話の矛先を自分に向けられても、留三郎とて諾と応じるわけも無い。
「確かに今回は殆ど伊作の手柄です。アンタも知ってるようにね。俺は何にもしちゃいない。俺にまで声をかけるのはお門違いだ」
彼としては至極真っ当な正論を吐いたつもりだったのに、それを雑渡は一笑に付す。
「その伊作君の本領発揮も君がいてこそだ。逆も然り。伊作君が非常に冷静に状況判断を行い行動をしたのは君がいたから。道中頭に血が上りかけた君が肩の力が抜けたのは伊作君がいたから。君達はお互いがいてこそ真価を発揮するようだと思って二人一緒にお誘いしたんだよ」
彼の言葉に二人は絶句した。その評価はどうあれ、それは日頃から二人が互いに抱いている思いそのもの。
彼らがお互いを一番の相棒と認める由縁である。
そんな二人を訳知り顔で見つめる雑渡に、伊作は面白くもなさそうに吐き棄てた。
「じゃ、お分かりでしょ?片方がお断りしたんだから、もう片方もついていくはずが無い。諦めてください」
「ま、それもそうだね。じゃあ諦めるよ」
あっさりと諸手を挙げて降参の姿勢をとる雑渡にどこまでもふざけた奴だと留三郎はキツイ視線を投げかける。
そんなものもさして気にはせず、諸泉に促されるままに二人に背を向けて歩き出していく。
その背中に、伊作は静かに声をかけた。
「雑渡さん。一つだけいいですか?」
「何かな?」
くるりと半身返った雑渡に、伊作は無表情で問いかけた。
「さっき、あなたは私と同じ土俵には上がりたくはないとおっしゃいましたけど」
「ああ、言葉通りだよ」
「でも以前もし戦場でまみえる事があれば僕らの命は無いとも言ってましたよね。私はそれが正しいと今でも思います。それは同じ土俵・・・ではないんでしょうか?」
本気を出せばろうそくの灯を消すより容易いくせに、一体どんな意図を隠しての言葉なのかと。
表情の抜け落ちた伊作に雑渡はにっと笑う。
「言ってもいいの?」
だめだ、やめろと留三郎が言いたくても声が喉に張り付いて音にはならない。
伊作は相変わらず無表情に彼を見ていた。
するりと風の音に滑り込むように漏れる雑渡のくぐもった声。
「だって…」
 
 
 
乾ききった道を風が吹き抜けていく。
吹き飛ばすものは砂埃以外にはなく、さわさわと路傍の草がなびく音が響いた。
結った髪が風をはらみ表情を隠すのに任せていた伊作が不意に顔を上げる。
「伊作。帰ろうぜ。こんなお使いさっさと終わらせちまおう」
漸く動きを見せた伊作に傍らの留三郎が常と変わらぬ声をかけた。
タソガレドキの二人はとうに姿を消していて。人通りの無い道に、伊作と留三郎の二人の姿があるばかり。
「ねえ、留三郎」
「しない」
伊作が何かを言い終わる前に、先に留三郎はきっぱりと言い切った。
それまで彼の方を見る事の無かった伊作はその応えを聞いてゆっくりと振り返る。
「しないよ伊作。する訳が無い」
もう一度、今度は自分に言い聞かせるように噛み締めて言葉を発した留三郎は口元に緩やかな笑みを浮かべていた。
 
『だって…君からはいつだって毒薬の匂いがする。
  私よりも強い死の香りだね』
 
既にここにはいないはずの男の声が風に乗って響いた、気が、した。
 それでも。
目の前の留三郎は、笑ってそれを否定して、手を広げてくれたから。
のろのろと足を進めた伊作は、うなだれたまま留三郎の目の前に立つ。
少しだけ躊躇して、それからぽすりと留三郎の肩に頭を乗せれば間髪入れずに背中に手を回される。
まるで後輩をなだめるかのように、ポンポンと叩かれる背中が酷く心地が良い。
そのうちに、背中にまわされた手はゆっくりと上に移動して、伊作の頭部をぎゅっとかき抱く。
ことさら強く押し付けられた頭部には、丁度留三郎の鼻先。
彼はそのまま、大きく息を吸い込んだ。
「ったく、いつまでもこんなとこつっ立ってるから、埃くせえよお前」
そんな事を言いながらも伊作を放そうとはしない。
留三郎の肩に顔を埋めていた伊作はゆるゆると顔を上げ彼に見えない所でくしゃりと笑った。
「留三郎こそー、埃っぽいよ」
彼から薫のは埃と、それから、太陽の香り。
忍を目指す物には到底似つかわしくはないはずなのに。当たり前のように馴染む香り。
「君の言う通り、早く帰ってお風呂入りたいね」
「だな。さ、行くぞ」
一瞬の後にはもう何事も無かったように二人連れ立って、帰路を歩き出す。
同じ道を来た時と同じように、やはり互いの事を己が己であるために必要な相手だと、改めて思いながら。
 
乾いた風が吹き抜けて運ぶ物は。
埃と、太陽の香りと、焼け付くような焦燥。
 そして、小さな火種と、暖かい明かり。
すべてを含んだ熱い風が、二人の身体を吹き抜けて行く。
 
 
 
 

大変大変お待たせ致しました。
リクエスト企画3本目
「伊食満で、『災厄』の続編。雑渡さんと学外でうっかり出会ってしまう食満」
でした。
なんか雑渡さんと食満というより、二人をストーカーする雑渡さんになってしまいました‥‥
災厄の雑渡さんだとこんな感じになっちゃいました。迷走はなはだしいですね。
諸泉君の性格がちょっと分かりませんので謎です。
オカンかつ飄々としてるイメージなんですけども。
実力的には忍者として突出して優秀という程ではない(教師陣には歯が立たない)が、実践経験やらなんやらで、6年生達よりはその分上、というイメージです。全体として中の上位?
 
伊作に関しては非常に割り切った考えをする子ではないかと思ってるんですけども。
白伊作でも病み伊作でも、己の信念貫くために、己の技量のどこかを突出させるだろうなという。
その辺りの強さが留三郎が横にいた所為だったらいいなーとはドリームですが(だって家鴨だもの)
 
ともあれ、ちょっと雑渡さんが酷い役回りになってしまいました。
大変にお待たせしたあげくがこのような出来上がりですが、
リクエストくださった方に捧げます。
ありがとうございました。

※ハナオチバタケ‥‥一応ざっとは確認したのですが、もし原作やアニメに既出でしたらすみません。
 毒は無いけれども食用には適さないキノコです。→敵ではないが食えない相手  という事で。