| 日差しを覆い隠すように生い茂る葉。 太く立派な木の幹へと手を這わす。 その木肌も、葉の形も、普段親しんだ物とは違ってはいるがその生命力は変わらない。 大地から吸い上げ、木の中を巡る生命を感じて。 「ああ、いい山だな、ここも」 そう呟けば、当然だと返事をするように、揺れた葉の隙間から木漏れ日が顔に降り注いだ。 ちらちらと落ちる光に目を細めて、くすりと笑ってから高い枝へと飛び移る。 頭一つ飛び出た木から見下ろす風景の中には、広大な敷地を要する学園がある。 あちらこちらで動く様々な色の制服姿に、何故かそこかしこで上がる爆煙。風に乗ってかすかに聞こえてくる叫び声に口の端も上がる。 「あいかーらず、たのしそーなこって」 ぐぅっと足に力をこめて、溜めた力を枝の反動も利用して一気に開放する。木々の合間を駆け抜けていく感触に知らず笑みは濃くなった。 普段慣れ親しんだ山道ではないが、この山も同じように心地が良い。 実際に、似ているのか、それとも気の持ちようなのか、どちらかは判別がつかないが、ここに来るのに機嫌が良くなる理由には充分なりうるものであった。 目の前にそびえる高い塀を見上げ、一足飛びに飛び越えようとして思いとどまる。 何も今回は誰かを追ってきている訳ではない。むしろ正式な理由あっての訪問である。 更にはある意味で恐ろしいという噂の事務員がいると聞き及んでいるので、この場は正門から尋ねた方が良いのだろうとその足で向かう事にした。 「『ある意味怖い』ってどーゆー事だべな?山野先生もなんか教えてくんねかったし…」 あの教師でさえも言葉を濁す程の凄腕というのなら、なんだかその片鱗を見てみたいという期待すらしつつ、正門から呼び出しを行う。 「はあ〜い。今あけまーす」 のんびりとした声に迎えられて、どうやら期待した御仁ではないようだと少しがっかりしながら門をくぐった。 「風魔流忍術学校の錫高野です。学園長にお目通り願いたいのですが」 「はい〜、じゃあこれ書いてくださいね」 促されるまま入門票に記入をして、先導されるのに着いて学園内を歩く。 別に探るつもりはないのだが、つい物珍しくてキョロキョロとしていると親切にもあれは硝煙櫓、あれは薬草園と案内までしてくれる。 ありがたいはありがたいのだが、そんなにぺらぺらと喋ってもいいのだろうかと、暢気そうな事務員を怪訝そうに見るのだが本人は全く気にした様子もない。 これは、きっと話して差し支えのない内容だったり偽の情報だったりするのだろうなと納得をする。別に疑われていると思っているのではなく、己が学ぶ場所でも同じこと。忍者の常識だ。 そんな事をしていると、酷い地鳴りがして思わず振り返れば濛々とした砂埃と共に一群が走っているのが見えた。 先頭の男は意気揚々と走っているのだが、後に着いている者達は息も絶え絶えといった様子で、後ろを走る子どもなどは鼻から魂が出掛かっている様だ。 道を外れそうになる者を押さえながら、へろへろとした足取りの者が後の後輩らしき子どもを激励しながら何とか着いていっている。 「…ありゃ、なんだべ…」 「あー。体育委員会ですよ。今は授業が終わって委員会活動中なんです」 「はー、そうですか」 正直なんだか良く分からなかったけれども、深く追求するのは止めておく。 一行とすれ違うときに、何とか魂が戻ってきたらしい井桁模様の子どもがちらりとこちらを見ていた。 「ありゃー、一年生か?」 その制服姿に見覚えがあったのでそう尋ねてみれば、やはり呑気な声で「そうですよー」という返事が返ってきた。 「先頭走ってたのは六年生?」 と重ねて問えば、やはり肯定が返ってきた。 「そうですよ。六年生の七松小平太くん」 「あー…」 成程、走る姿に見覚えがあったはずだ。以前世話になった奴か。他の連中は元気かな?と頭の隅で考えて。その中にいる一人に思いを馳せた。 「まあ…不自然じゃねーべな」 「えー?何か言いましたかぁ?錫高野くん」 「いやいや、なんでもねーです」 「それなら良いけどー。あ、学園長先生の庵はあそこです」 「ありがとうございますー」 一礼をして、静かに示された庵へと向かう。 中から促され、室内に入るとあずかった手紙を渡し、用件を切り出すのだった。 「ふむふむ、なるほど。山野先生もお元気そうじゃな」 「ええ。おかげさまで。して、この件ご了承いただけるでしょうか?」 「そうさのう。随分とそちらに利が多いような気もするが…」 「あ、いえ。そのような…」 「ふはははっ。冗談じゃ。まあよかろう。互いに利するところがあるようじゃ」 「あ、ありがとうございます」 大川学園長とのやり取りの末に冷や汗をかきながら深々とお辞儀をした。勿論心の中では、この狸爺と悪態をつきながら。 こういった交渉は必要なのだとは分かっているが。どうにも相手に拠っては苦手極まりない。この手のじい様などは、相性最悪だと言ってもいいな、などとつらつらと考えていた。 「さて、こんな狸爺を相手にして疲れもしただろう。今晩は学園に泊まるといい。大分余所行きで参っておるようだしな」 まるでこちらの心を見透かされたかのように背中にかけられた声に、がっくりと力が抜けた。 「ほんとーに、狸だーよ、がくえんちょー…」 思わず取り繕うことなく本音が漏れ出れば、この狸爺は呵々と笑う。 「ほれ、大分力が抜けたようじゃなー」 勘弁してくれ…、そう思っていたら、すらりと横の戸が開けられた。 「学園長先生…あんまりからかうもんじゃありませんよ」 「おおー山田先生。別にからかった訳じゃないわい。まあ与四郎君を案内してやってくれ」 以前も散々世話になった忍術学園の教師が現れて、勝手に話が進んでいる。なんだかもう面倒臭くて流れるに身を任せて、再び庵を出たのだった。 「いやあ、すまんね与四郎君。学園長もまあ…なんだ…」 顎をぽりぽりと掻きながら苦笑するこの教師へと姿勢を正した。この人は己の恩師とは互いに尊敬しあう仲だと言う。そんな人へ礼儀は忘れてはならない。 「あ、いえ。無理なお願いをしたのはこちらですし。多少の事は覚悟の上です」 襟元を正して返答すれば、おやおやと言った目線が返って来た。 「何も取って食いやしないから、学園長も言ったとおり力抜いたらどうだ?」 「は?いや…」 「大体、学園長が人をからかうのは趣味みたいなもんだ。それも気に入った相手だけな」 「は…」 「まあつまり。学園長は与四郎君の事を評価して、気に入ったんだよ」 「そーなんですか?」 「そーそう。山野先生の教え子だけの事はあるな」 自分に対しての評価と言われると余り素直には受け取れないが、恩師への評価は嬉しかったので素直に受け止める事にして、一つ礼をした。 また一つ、苦笑して、ぽんと背中を叩かれてしまった。 「まあ、今日はゆっくり休んでいきなさい。ああ、喜三太とも会いたいかね?呼んで来るか?」 なんだかもう、先ほどから自分の若輩ぶりを痛感する。結局まだまだ適わないのだなあと。この教師は雰囲気も恩師に似ているのでついつい油断をしてしまうが、それも少しは赦されそうだ。 「あー、いえ。今委員会中なんだべ?俺のために中断っせーのもわりーから、こっちから行ってみんべ。場所だけおせーてもらっていーですか?」 そんな気持ちを思い切り出して喋ったら、目の前の顔がくしゃりと歪んで大笑いをした。やはり良く似ていると思った。 「なら、用具倉庫へ案内しよう。喜三太はそちらにいるはずだ」 「ありがとうございます」 向かう方向を変えると、小さな呟きが聞こえた。 「まあ尤も、君が顔を出す頃には喜三太は知っているかも知れんがね君が来た事」 「は?なんで?」 「一年は組の行動力をなめちゃいかんという事だ」 ますます言われた意味が分からないが、それ以上は何も話してくれなさそうなので、諦めておとなしく後についていくしか術はなかった。 「ほれ、あそこを曲がればすぐに用具倉庫だ。今日は喜三太は用具委員の活動で倉庫の整理をしているはずだからな。まだいるだろう」 それだけを言うと最後まで案内をせずにそれじゃあと言って踵を返してしまう。まあここまできたら迷う事もないだろうし、久々の再開を邪魔する事もないという担任の親心を察し、一つ礼をして見送った。 確かに向こう側には数人の気配がする。どうにも和気藹々とした雰囲気に本当に忍術学園なのかと苦笑も洩れるが、その中から聞こえてきた喜三太の声にふと耳を澄ませた。 「あ、あの!!せんぱい!!えっと、僕〜」 いつもはのんびりとした喜三太が珍しくも少し焦ったような声で何かを言いよどんでいる。姿は見えないが、おそらくその場で足踏みでもしているのだろう気配も伝わってきた。 そして、それにかぶさる声に、心臓が一つとくんと鳴った。 「おお、いいぞ喜三太。どうせあと少しだ。ちょっと早いが行って来い」 「先輩!いいんですか?」 「いいって作兵衛。どうせあとは最後の確認だけだ。喜三太だって久々なんだ。一刻も早く顔が見たいんだろ。ほらさあ行って来い」 「ありがとうございます〜〜!その代わり次の委員会でがんばりますねーー」 言葉の語尾と気配がどんどん近づいてきたと思ったら、ひょいと角から飛び出してきた小さな陰。 「おっと。そんなにせーてどこいくだ?喜三太」 どしんとぶつかりそうになったのをがばりと抱きかかえてやれば、目をまん丸に見開いた喜三太が奇声をあげる。 「よ、与四郎せんぱ〜〜い!!」 首にまとわりつかれて、首が絞まる〜とひとしきりじゃれていたら、その騒ぎを聞きつけてきたのか、いくつかの顔が角からひょいひょいと覗き込んできた。 「あ、与四郎さんだー」 「こ、こんにちわ…」 「うわっ!!もうきてたんですか??」 小さな二つの頭の上に、もう一つ乗っかって。更にその上から覗く顔。 「なんだ、与四郎。わざわざこっちに来たのか。良かったな喜三太!」 「やー、留三郎!皆も久しぶりだなー。今山田先生に案内してもらっただよー」 喜三太を抱えたまま、にっこりと笑って全員の顔を順繰りに見て挨拶をする。そして最後に目の前の顔で視線を止めたが、きっと顔はもっと笑みが濃くなっていたに違いない。 「そっか、喜三太と行き違いにならなくてよかった」 にも関わらず、相変わらず一番に出てくるのは後輩への気遣いなのが、少し悔しいと言えば悔しいが、喜三太を可愛がってくれていると思えば嬉しいし、なんとも複雑だ。 「喜三太もオラんとこ来てくれよーとしたんだな。なんで知ってたんだ?」 「えへへへ、さっき金吾が教えに来てくれたんです!」 金吾?と頭に疑問符が沸いたが、すぐに思い出した。確か同じ相模出身の友人で確か顔は… 「ああ!さっきのへろへろになってた!…えええええ??」 学園に来たときに体育委員会とやらの最後尾で鼻から魂が出掛かっていた子かと気がついた。確かにちらりとこっちを見ていたが。あんな状態で委員会後に休むより前に喜三太へと知らせに来たと言うのだろうか。 「あー、それが『一年は組の行動力』かあ。さすが山田先生」 確かに言われたとおり既に喜三太に情報が伝わっていた。いつもこの調子なのだろうかと、喜三太の学園生活の楽しさが忍ばれて、つい笑いが洩れた。 「いー友達持ったなあ喜三太」 「はいっ」 にーっと笑い合って手の中の喜三太を地面に下ろした。それから正面を改めて向けば何かを思案している留三郎の姿。 「…あー、委員会はすぐ終わるんだが…与四郎…。良かったらおやつ一緒に食べていくか?」 思いがけない申し出に、返答する前に足元の喜三太から喜色溢れる歓声が上がった。これでは遠慮するという選択肢もない。尤も断るつもりなど端からなかったわけであるが。 「えーの?」 「ああ、もちろん。お前らさえ良ければな。もし積もる話があるんなら、おやつだけ分けるけど?」 話がおかしな方向へ行きそうになる前に全速力で首を横に振った。頭がくらくらしてふらついていたら、ぷっと吹き出して笑われてしまう。 「いや!!一緒がえー!喜三太だって友達も一緒がいーよな?」 「わかったわかった。落ち着けって。じゃあちょっと待ってろ。終わらせちまうから」 そう言うと留三郎は後輩たちを引き連れて用具倉庫へと戻っていき、自分もその後にくっついて行った。 約二名ほど戸惑ったように緊張気味の子らがいるが、その子達には心で手を合わせて謝っておく。 倉庫の傍らに腰を下ろし、用具委員会の活動とやらの後片付けと最後の挨拶をしているのを見ていた。 これが、忍術学園の、喜三太の、留三郎の日常なのかと、それを垣間見れた事がなんとなく嬉しくてきっと笑っていたのだろう。喜三太がちょっとだけこちらをみて、にっこりと笑い返してきた。 「よし、じゃあこれで委員会は終了。お疲れさん」 「お疲れ様でした〜〜」 声のそろった挨拶をして、その後おやつになるらしい。というかおやつって何事だろうか、忍術学園では委員会の後のおやつは普通なのだろうかと今更ながらの疑問が沸くが、まあ取り合えず今はそんなものは頭の隅に追いやった。大切な事実はそこではない。 くるりとこちらを振り返った留三郎にもにっと笑ったら少し照れくさそうに、小さく笑みを返してくれた事の方が重要だ。 さて、とこちらも腰を上げようとしたところ、なんだか物凄い地響きのような物が聞こえてきた。何だ?と思い、留三郎を見れば、頭の痛そうな顔をしていて、その直後にでっかい声が響いた。 「留三郎ー!!なんだっけ、ほらアイツ。風魔の!えーっと名前忘れちゃった!あいつが来てるよー!さっき見たー!バレーボールしよう!バレーボール!!」 「帰れ!!ていうか本人目の前にして名前忘れたとか失礼な事言うな!小平太!」 現 れたのは先程も姿を見た小平太だった。あの時はとにかく前を見て走っていてこちらを一瞥もしなかったくせにきっちり気づいてはいたらしい。名前を忘れてい たのはお互い様なのでこの際不問にしておこう。ともかく留三郎は小平太の提案を即座に却下してくれていて正直助かった。 「あれ?ここに居たんだ。あ、そっか。後輩に会いに来たのか。バレーボールしないのか?」 「いや、喜三太に話もあるでなー、それはまた今度にしてくんねーか?」 「なあんだ残念!じゃあ夜になったら皆で宴会しよう!」 「いい加減にしろ小平太!まったく…。金吾は友のために知らせに来てくれたってのにお前ときたら…」 「うん分かった。じゃあ後でねー。皆にも伝えとくよ!」 イマイチ会話が噛みあってないような気もするが、取り合えず小平太はこの場は引いてくれたようだ。但し少しだけ夜が怖い台詞を残してまた走り去っていく。 留三郎はやれやれといった風情で首を振ると、こちらを見て申し訳なさそうな顔をした。 「無駄かもしれんが一応阻止はしてみる…。お前も疲れてるだろうに、すまんな」 それにはひょいと肩をすくめることで返答をした。確かに正直怖い気もするが、避けられなかったとしてもそれはそれで楽しそうな気もする。 「ともかく、おやつにしようか。しんべヱ、そこの湯のみ取ってくれ。作は食堂のおばちゃんからお湯貰ってきてくれるか?平太はこっち手伝ってくれ。喜三太は与四郎頼むな」 はあい、と元気な声がしてそれぞれの方向へと動き出す。その指図の中に何かおかしい物が混じっていたような気もするが、ニコニコとした喜三太がこちらにやってきたので、まあいいかと、しばらくの間懐かしい後輩の近況を聞いたり、こちらの話をしてやる事にした。 …まったく持って留三郎は上手いと思う。 やがて運ばれてきたのは木箱に入った湯飲み。一つ一つ取り出されるそれらにはそれぞれ名前が書いてあって小さく笑ってしまった。 「留三郎先輩。与四郎さんの分はどーしますか?」 「ん?ああ客用の使ってくれ」 振り返らないまま留三郎が答えたのを聞いて喜三太が笑った。 「なん?どした?」 「あのですねー、実はー」 く すくすと笑いながら内緒話をするようにされたのは、まだ顧問の湯のみがなかった頃に三年生の物と間違えてしまった事。その後、吉野という顧問の名前を入れ た湯のみを作ったが、喜三太はいつか自分が来たときに同じように間違えるんじゃないかと心配だったのだという事だった。 話を聞いて箱の中を覗けば確かに「よし」と書かれた湯のみが一つ。それからいくつかの無地の湯飲みが入っていて自分にはこちらを使ってくれるらしい。 「…そんなにおやつに客がくんのか?」 「んー?まあ、うちには他の委員会からの依頼も多いからなー」 やはり向こうを向いたままの留三郎から返事が聞こえる。 「そーなんです。生物委員会の虫籠直したり」 「あと、作法委員会の首桶とかー」 「…体育委員会もしょっちゅう来ます」 一年生達の声も次々とかぶさって、更に。 「あと、保健委員会が倒した棚修理や、図書委員会の本棚増築とかもありますよね。尤も伊作先輩は普通にお茶のみに来るだけの事もあるみたいですけども」 三年生がお湯を抱えて戻ってきた。 「あと学級委員長委員会が学園長の思いつきのための用具相談に来たり、会計委員が予算確認にも来るな。まあ会計委員長には茶なぞ出さんが」 ようやく振り向いた留三郎が最後を締めくくった。なにやら複雑そうな人物関係がありそうだが、ここは大人の心で聞かなかった事にしよう。 皆が円陣を組んですわり、めいめいの前に茶が出された。それから留三郎が広げた包みの中には。 「うわああ〜」 一年生が目を輝かせている。それはそうだろう。山と詰まれた饅頭だ。ここは本当に忍術学園なのかと今日何度目かになる疑問が浮かんだ。 「えーっと、一人六つづつですよねー」 待ちきれないというように涎をたらしながら聞く一年生に、少し困ったような顔を見せる三年生。そして、喜三太が口を開いた。 「しんべヱ。それは僕達だけの時だよ。与四郎先輩もいるんだから、数は減っちゃうよ」 「えええええ〜?そんなあ」 泣き声を聞いて、しまったなあ思う。そうか、おやつに呼ばれるということは元々あった茶菓子を貰うという事でこの子達の取り分が減ってしまうのだと思い当たった。頭をかいて遠慮をしようと思ったら、控えめな声がする。 「ねえ、しんべヱ。僕達皆が一つづつ減らしてお客さんにあげたら、皆同じ五個づつになるよ」 先程から大人しそうにしていた子だ。確か天気読みのいい筋持ってた奴だなと記憶の棚を探る。 「平太の言うとおりだ。しんべヱそれで丁度いいだろー?」 三年生からもそう言われて、しぶしぶと頷いているが若干涙目になっている。やっぱり遠慮した方がよさそうだなと口を開こうとしたら、またもとんでもなく上手い奴が口を開いた。 「いいよしんべヱ。饅頭6つ食べるために今日の委員会がんばったんだもんな。約束どおり六つ食え。皆も。与四郎には俺の半分やるからさ。なあ与四郎、それでいいだろ?」 そんなお日様みたいな笑い顔を向けないで欲しい。そもそも六つって多いだろと色々言いたいけれども、こちらも笑い返すことで同意した。 しかし、どうやらそれで納得しない者が一人いたらしい。 「それじゃ先輩たち三つになっちゃうじゃないですか!俺の分二つ取ってください!そしたら一年ぼーずが六つ、俺達が四つで丁度よくなるってもんです!」 必死に言い募るその姿は、一年生達より頭一つ大きくて、自分達よりは頭二つ小さい。成る程、こいつらと一緒にしてくれるなという自尊心なわけかと納得をする。ちらりと横の留三郎をみれば、少し困ったような顔をしていた。 「しかしだな、作兵衛。お前だって楽しみにしてたろ」 しどろもどろになっているのが物凄くおかしい。さっきからとてつもなく上手いなあと思ってはいたが、弱点を見つけた。甘すぎるわけか。 「んじゃー、こーせーのはどーだ?君のから一つもらう。そんで俺らがその一個を半分こ。こんで一年生が六つで、三年生が五個、六年生が三つと半分こづつでちょーどえーべ?」 折衷案を出してやったら、どうやらそれで丸く収まったらしい。留三郎にも小さくすまんと拝まれてしまった。 改めておやつの時間が始まる。喜三太との話の合間に、他の子達からとんだ質問に答えてやったりして中々面白い時間だったと思う。専ら聞き役に徹していた留三郎だったが、それでもまた少し違う顔が見られたなと得をした気分だ。 ただ、各々の手の中にある湯飲みを見ていると、己の手の中の何も書いていない湯飲みは少し寂しい気がした。否応なしに部外者である事を痛感させられてしまう。 「与四郎?」 「んー?なんでもね。ほれ、口開けろー」 「は?なにを…もがっ」 残っていた饅頭を一つぽこんと二つに割って片方を留三郎の口へと突っ込んだ。思いつきで言ってみた事だったが半分こというのは中々いい提案だったなと少し自画自賛したくなる。 突然の事に少々むせたらしいがごくんと音がして、どうやら飲み込めたらしいが涙目になって抗議してきても余り効果はなくて、笑ってやったらこつんと頭を叩かれてしまった。 「さ、後片付けするぞ」 そんな一声で各自がしぶしぶと腰を上げる。当然手伝うつもりだったのだが、やはりと言うかやんわりと辞退されてしまった。 「喜三太、案内してやれよ」 「はあ〜い。じゃー、いっしょにきてくださいよしろーせんぱい」 ぐずぐずしている間に喜三太に手を取られ、歩き出されてしまった。 「ゆうごはんも一緒にたべましょー。食堂のおばちゃんのご飯は美味しいですよー」 にこにことそれはもう嬉しそうな顔で見上げられたら、こちらも笑顔以外の表情が出てこない。 「あ、あとナメクジさんたちのお散歩も行きましょうね。前より増えてますから紹介します」 「それはえーけど、喜三太。宿題ねーんか?」 そう聞いた途端、目が泳いでえへへへへ〜と笑い出したので、こちらもにやーっと笑い返した。 「…喜三太〜〜 教えてやっから、一緒にやるべ」 また再び喜三太の顔がぱっと輝いた。本当に可愛い後輩だ。 しかし、そんな会話をしながらだったので、先ほどから道のりは全く進んでいない。いつの間にか他の用具委員達は片づけを終えて解散していた。 「お前ら、まだこんなところにいたのか…」 後ろから呆れたような声をかけたのは留三郎。 二人でくるっと振り向いて同じ顔で笑ってやった。 「聞いてください!よしろー先輩と一緒に、ご飯たべてナメクジさんの散歩して、宿題教えてもらうんです!」 「喜三太ー、宿題が先」 「…はあい」 そのやり取りを聞いて留三郎が噴出した。 「ああ、すまん。なんだかお前達兄弟か親子みたいだと思って」 こちらからすれば、委員会活動中のそちらこそ大家族みたいだったぞと言い返したいのはぐっと耐えてみる。 「ま、どうやらゆっくりとは休めないようだな与四郎。喜三太、遠いところからきてくれたんだからあまり無理させちゃ駄目だぞ、嬉しいのは分かるがな」 言葉の後半はしゃがみこんで喜三太に目を合わせて告げた。 それから、すっと立ち上げって小声で言うには。 「…小平太に見つからないよう、気をつけるんだな」 それだけをニヤリと笑って耳打ちして、留三郎は去っていく。どうやら邪魔をしたら悪いぐらいに思っているらしい。 確かに、先ほどの小平太を思い出してみれば。 散歩中に出くわそうものなら問答無用でバレーボールにつき合わされそうだし、部屋にいるのを見つかれば酒宴へと駆り出されるだろう。 正直それは勘弁して欲しいなあと肩をすくめて、きょとんとした顔の喜三太を促して用意された部屋へと急ぐのであった。 「で?どーしてこーなってんだ?」 忍たま長屋六年ろ組の部屋の入り口で留三郎が片肘を壁に当てて呆れたように見下ろしていた。 「えーっと、喜三太とは色んな話してー、んまい飯も食ってー、宿題も見てやったしー、ナメクジの散歩も行ってんけどなー」 更にその後に話し込んでいたら、喜三太が船を漕ぎ出して部屋に戻る前に完全に寝入ってしまったのだ。 そっと起こさぬように彼の部屋まで連れて行って同室の友人に引渡し、戻ってきたところを拉致された。 「と言うわけだべー」 あはははははっと頭を掻くと、大きなため息を吐かれてしまった。 「留三郎も一緒に飲もうよー!」 「俺としては酒よりもこいつと手合わせしてみたかったんだが」 「…うざいぞ文次郎!まったくお前は口を開けば鍛錬鍛錬と。せっかくの客人だ歓迎の意で酒宴を催してつぶ…いや、もてなすのは当然だろう?」 「…珍しい話が聞けるのはためになる」 「こっちに生えない薬草とかってあるのかなー?ちょっと興味あるよねー」 「ああもう!お前ら自重しろ!!人がちょっと目ぇ離した隙に!」 うがぁっと叫ぶ留三郎は、そういえばどこからかの帰りらしい。どうやら何かの作業を行っていたようだ。 「その隙を見せるのが悪い」 「まーまー、こないだの慰労会も兼ねてさー。いーじゃないか」 好き放題言い合っているが、それもまた楽しそうで、まあまあと留三郎の袖を引いた。 「ま、この前の礼も言いたかったしな。少しなら楽しそーじゃん。留三郎も一緒にのんべ?」 小声で、まだ喜三太とはのめねーし、と付け足したら苦笑して隣に腰を下ろす。 途端に器が何処からともなく渡されて結局全員での酒宴になってしまった。 「あ、でも〜。明日にゃちーとせーて発っからよ。お手柔らかにな」 「だそうだ、自重しろよ小平太」 「え?私名指し?」 「残念だが承知した。そのくらいの分別はあるさ。またいつかのお楽しみに取っておけばいい」 ちらりと釘をさしておけば意外な事にすんなりと受け入れられて。いつかの騒動を酒の肴に夜が更けていく。 「あれ?そう言えばあの時って伊作はいなかったんだっけ?」 「そーだよ。忘れないでよひどいなあ。仙蔵に言われて救護に回ってたんだよ。保健委員会は救護班って言ってたのに、乱太郎は仕方ないとしても、二年生も三年生もそれぞれの学年行っちゃってさあ。実質僕一人でくのいちと一緒だったんだからね!」 「さっすが不運!!」 「…でも、こちらに来ていたら間違いなく…」 「ああ、爆発の巻き添えだな」 「そう、それを見込んでわざわざ伊作を外しておいた私の作戦だ」 「ちょっ!酷っ!」 「さすが仙蔵」 「えー!そこ仙蔵褒めるの?」 「しっかしいけどんアタックも中々の威力だべなー」 「ありがとー。でもフーマトスもばっちりだったよー」 「「お前ら仙蔵のおかしな呼称で定着してんじゃねー!!!」」 「…二人とも気ぃ合うだな」 「あはははっ留三郎と文次郎は息ぴったりだな!」 「冗談じゃねー!!」 「ふざけんな!」 「そーいや、ここに凄い事務員いるってきーたんだけども?」 「事務員?なら小松田さんじゃないか?来たとき入門表書いただろ?」 「いーや、そん人じゃなくて…山野先生にも『ある意味怖い』って言われてるくれー達者な人らしーんで、見てみたかったんだよなー」 「ああ、それやっぱり小松田さんだよ。そーだな、帰るときに出門表書かなかったら怖さが分かると思うよ」 「こら伊作、何を勧めてんだ。悪い事は言わんから、やめとけ与四郎」 「ちょっと見てみたいなー、与四郎対小松田さん」 「小平太も煽るな!」 しこたま呑んで笑って。 それは酷く楽しいひと時だった。 まるでずっとずっと昔から仲間だったみたいに。 「さあ、そろそろお開きだ。いいだろう?」 それを言い出したのは留三郎だった。止め処があるうちにというギリギリのところを見計らっていたのが良く分かる。 他の奴らも少し不満そうではあるが、先の言葉が聞いていたのだろう三々五々に頷いてあたりを片し始めた。 「あーあ、じゃあ今度のお楽しみだな与四郎!次はバレーボールだぞ!」 「やっぱりそれかよ小平太。明日は朝一で発つのか?」 「いや、まず学園長に返事を貰ってからかな」 そう言ったら一様に何やら同情的な空気が漂う。一体何事かと思えば皆を代表し不運、基伊作が説明をしてくれた。 「じゃあ昼までかかりそうだね。何しろ学園長先生は素直に返事くれた事ないんだから」 「うげ〜〜そうなんか?」 そうそう、と一斉に同意をされて、少々げんなりとしてしまった。 まあ、おばちゃんの昼ごはんを食べて行けると思えばいいじゃないかと、慰めをもらっているその中で留三郎だけが少し考え込むようなそぶりをしてからこちらを見た。 「じゃあ、間に合うかな。昼休みに少し委員会で集まるんだがその時に時間があれば顔を出すといい。喜三太にちょっとだけでも会ってから出ればあいつも喜ぶんじゃないか?」 その申し出に、周りの奴らはまた始まったと苦笑をもらし、留三郎の後輩に対する面倒見のよさがいつもの事であるのが伺える。 勿論、それを断るつもりもなかった。 「そりゃ願ってもねえ」 承諾を返して、腰を上げると留三郎もまた立ち上がる。 「部屋まで送っていこう。どうせ小平太の事だ、最短距離で連れてきたんだろ?」 ちらりと後ろを振り返れば、肯定の意を持たせた笑顔を向ける小平太がいた。本当は送ってもらわずとも大体の場所は分かるが敢えて何も言わずに留三郎の言葉に甘える事にした。どうせ向こうも場所は分かっている事など知っているだろう。 「じゃ、私は走りに行こうかな?文次郎も行く?」 「おうよ。長次も行くか?」 こくんと頷く長次の横で、残り二人が呆れたような顔を見せる。 「まったく…」 「今月は経費不足で薬草が足りないんだ。怪我しても診てやんないからそのつもりで、文次郎」 「俺だけかよ!」 「…予算」 なんだかんだと騒ぎながら結局全員で部屋を出る。そこからは自室に向かう者、外へと出て行く者と別れ、廊下に取り残されたのは留三郎と二人。 「こっちだ」 「ああ」 大人しくついて歩いてやがてたどり着く客間。 留三郎の役目は本当はコレだけだから、そのまま帰ってもいいはずなのに、互いに部屋を前にして入りもせず、立ち去りもせず逡巡した。 「ちょっと話してもえーか?」 「休まなくてもいいのか?」 卑怯にも疑問に疑問で返された答えには曖昧に笑って戸を引いた。 そのまま二人で部屋に入って腰を下ろす。 「すまんな、小平太たちを止められなくて」 「いや、バレーボールじゃなかっただけでありがたかったよ。酒飲むのは楽しかったしな。しょーじき、ちーと疲れてんだべ」 「…だったら…」 「いや、聞いて欲しい事があってよ」 頼み込むような目をして縋れば、困ったような顔でその場を動く事も出来ない留三郎。気遣いを利用している事は百も承知だ。利用できるものは利用するのが忍びだ。 「本当は、ここに到着すんのは明日の朝の予定だったんだべ」 それを白状するのはバツが悪くて頭をかいた。留三郎は一体何を言い出したのかと目を丸くするが何故なのかは聞かない。それはそうだろう。予定がこんなに早くなった理由といえば、物凄く急いで来たか、若しくは。 何がしかの厄介ごと危険ごとが想定される道中に、たまたま何事もなく順調にたどり着いたか、であるから。 後者は即ちその道中が危険なものである事を意味し、軽々しく理由を問えないのは当然である。 十中八九後者を脳裏に描いているだろう留三郎にはすぐに否定を伝えた。 「ものすーげえ、せーてとんで来ただよ。だから疲れてるんだべ」 「なんでまたそんな…」 「予定通りなら、明日朝着いて、学園長に会って、ちーとだけでも喜三太の顔見れたら御の字で、そんまんまとんぼ返りだったべ」 留三郎はもう何故とは問わなかった。何も言わずにただじっと視線を送ってくる。 「せーて来たおかげでゆっくり喜三太と会えて、おやつ食って、皆と騒いで、そっからこーしておめーと話せてる」 「ああ」 「そーじゃなかったらオラはまたここに、用事だけで来てた」 「…」 「おめーがあん時。『今度はゆっくり遊びに来いよ』って言ってくれたから」 「…」 「だから、せーきって来ちまっただ。ゆっくり遊ぶために」 来いよと言ってくれたから、来る事が出来た。余裕綽々の振りをして、本当は怖くてたまらない。そんな本心を吐露するのは情けなくて、格好悪かったけれども。 どうしても伝えたかったから、覚悟を決めて白状した。 留三郎が呆れるんじゃないかと思っていたら、瞳にそんな色は一つも浮かばず、ゆっくりと口を開いた。 「疲れただろ。ゆっくり休めよ。タダでさえ道中きついのに、着いてすぐ学園長と話したんだろ?そりゃもっと疲れるよな」 ほんの少しずれているような言葉。ちゃんと聞いていてくれたんだろうかといぶかしげに留三郎を見やれば、困ったような顔をして口を閉じた。 それでも、まだじっと顔を見つめていると観念したように再び口を開く。 「…いっつも、お前は余裕で。飄々として。色んな面倒ごととか沢山あるけど、そんなものを簡単に蹴散らしてしまえる強さを持ってると思ってた」 「そりゃ買いかぶりすぎだな」 「そうだな。買いかぶってたよ」 自分で言った事だが、実際にそう返されると少し打ちのめされる。やはり呆れられてしまったのだろうか。いや呆れられるならまだしも愛想つかされてしまったのならばどうしようかと、ただひたすらに怖かった。 実を言えば、そんな風に過大評価されている事が恐ろしくて。現実の小さい自分との剥離が怖くて、その重さに耐え切れなくなる前に言おうとしたことだけれども。 それによって、見捨てられてしまうのならば、そちらの方がずっと恐ろしいのだと今更気がついてしまった。なんと愚かしい事だろう。 「…だけど」 静かに留三郎の声が落ちた。全身を駆け巡る恐怖を、その声一つで収めてくれる。 「なんでだろうなあ。俺と同じ様に詰まんない事考えて怖くなったり、いちいち行動に言い訳をしてるんだって分かった方が、お前への好感度が上がった気がするのは」 「…留三郎」 「正直、凄い奴だと思っていた時は、それ以上にお前との差が怖かったのかもしれないな。でも今は」 その続きを聞く前に身体が動いてしまったのは修行が足りなかったと後悔する。どうせなら聞きたかった。しかし後悔先に立たずで、頭より先に手が伸びて目の前の身体に抱きついてしまったのだ。もう仕方がない。 驚いたような顔をした留三郎が背中をぽんぽんと叩いて。それでようやく少しは落ち着いた気がした。 「疲れてるんだろ?もう休んだ方がいい」 「もうちょっとお前といたい」 「我侭言うなよ。…帰りだって急ぐんだろ?」 「え?」 「帰りも急げば、ここを発つのを遅らせられるだろ。そのためにも疲れは取っておけ」 腕に力を込めることで返事に代えた。 ぎゅうぎゅうと力をこめて腕の中の身体を抱きしめていたら、さすがに抗議を受けたのでしぶしぶと身体を放す。 「大体、休んでなかったらすぐに小平太に見つかって夜中のバレーボールだ。それでもいいのか?」 「勘弁」 くくっと笑って、それから互いに顔を見合わせた。笑い顔から恐ろしく真面目な顔に戻して、その距離が縮まる。 「おやすみ」 「おやすみ」 すっと扉が開いて部屋に一人残される。 上弦の月はとうに沈み、暗い夜の中酷く幸せな気分で眠りに落ちるのだった。 翌朝、部屋に弾丸のように飛び込んできた喜三太と共にまずはナメクジの早朝散歩をこなしてから、相変わらず旨い食堂の朝飯を採る。 それからは少し胃が痛くなる思いをしながらも学園長の庵へと再び足を運んだ。 一宿の礼を述べ、書簡を受け取る…はずだったのだが空とぼけた顔をして忘れていたなどと述べてくる。昨夜の一同の顔が思い浮かび、こういう事かこの爺めと思う。 のらりくらりとかわす学園長を、それでもなんとか説き伏せて書簡を貰う頃にはもう昼時になっていた。 やっと書き上げてもらった書簡を受け取って懐に収めれば、目の前の狸がくしゃりと笑う。 「結構結構。一晩経って力みが抜けとるようじゃな」 ふははははと笑う背中に礼をして、さっさと庵を抜け出した。これ以上この場にいたらどうからかわれるか分かったものではない。 丁度そのとき、午前の授業の終わりを告げる鐘がなる。予想通り突っ込んできた喜三太を受け止め一緒に食堂へ行けば、喜三太の担任も顔を見せていた。 「おお、与四郎君ご苦労さん。また学園長にからかわれとったようだな」 「はあ〜、もう勘弁してくださいよ〜〜」 「ははははっ。しかし昨日よりは随分余裕の顔をしとるよ」 こちらもからかわれているんだか何だか、同じような事を言われてしまう。 その後は喜三太に急かされるように昼食の席についた。 「せんぱいは、いつまでいられますか?僕、この後委員会行くようにって言われてるんです」 少し寂しそうな喜三太の頭をぐりぐりと撫でてにかっと笑ってやった。 「もーちっとでーじょぶだよ。この後の委員会にもついてって、そのあと出っかーなとおもってんべよ」 「本当ですか?じゃああとちょっとは一緒にいられますね!」 「ああ。ほれ、喜三太こぼすなってー」 二人で食事をかき込むと、手を引かれて昨日と同じ用具倉庫の前へとやってくる。 「おお、はやいな」 まだ早いし誰も来ていないのではないかと思ったが既にその場に立つのは留三郎だ。 他の者もすぐに集まって来て、邪魔をしないように脇へとよける。 後輩たちに向かって何か指示をしているようだが、元気な返事をした一年生に比べて三年生が少し怪訝な顔をしていた。留三郎はと言えば、笑いながら彼の頭を撫でている。照れたように振り払っているうちに疑問は有耶無耶になったようだ。 やはり扱いが上手いなと思う一方で、二人の間に一体どんな攻防があったのか少し疑問に思った。 程なくして作業は終わったらしい。昼休みが終わるにはまだ時間がある。大した仕事ではなかったようだ。 「先輩。何も昼休みに集まってやる必要あったんですか?」 三年生の口から出た疑問。成る程、先程の怪訝な顔はその所為かと得心した。端から見ていても大した仕事ではなさそうだと踏んだが何か急ぎなのかと思っていたら、そうでもなかったらしい。 今度は留三郎も誤魔化す事はせず、申し訳なさそうに笑った。 「ああ、すまないなせっかくの昼休みに。実はさっきのは口実でな。ちょっと皆に集まって欲しかったんだ。放課後はやらなくていいぞ。詫びでもないがまあ食後の茶代わりに休憩していけ」 「別にいいですけど…いったいぜんたいどうして?」 ぽかんとしている一年生達を尻目にやはり疑問を呈したのは三年生であったが、手渡された箱、あれは確か湯のみが入っているはずの箱だ―を覗き込んで、驚いた顔をした後にまじまじと留三郎を見ていた。 彼の視線にさらされた留三郎は少し照れたように目をそらし、そんな先輩を後輩が仕方がないなあとでも言うように笑うその顔はどちらが年上なのか一瞬だけ錯覚を覚えるようだ。 「なんですかー?」 「…僕も先輩たちとお茶飲むの好きですからいーですよ」 「ぼくもー!それによしろー先輩とも一緒だから余計嬉しい〜」 元々あまり深刻には考えていないらしい一年生達はこぞって騒ぎ始める。 「おかしはありますかー?」 「しんべヱ、お昼食べたばかりじゃないー」 「えへへへ」 ころころと転げ回っている喜三太達に目を細めるが、結局留三郎が何をしたかったのだろうかと疑問に思い、首を傾げて顔を見つめた。 途端、ふいっと顔を逸らされてしまったが、すぐに一年生達の歓声があがる。 「うわあ〜、留三郎先輩、これ作ったんですかー?」 「いつのまに〜」 「よしろーせんぱーい!!早く早く早く早く早く早く早くはや」 「待て待て待て待て喜三太おちつけー」 よっこらせっと腰を上げ、騒ぐ子らの近くに寄れば、はいっと湯のみを手渡される。まだ中身の入っていないそれを受け取ると、何やら昨日との違いに気がついた。 「あー!!」 喜三太が手に持つ「きさ」の湯のみ。それとお揃いかのようにこの手の中にあるのは「すず」と銘打ってある。 口をぱくぱくと開けながら振り返れば、そっぽを向いたままの留三郎が、いる。 「名前の方は、使用済みだからな、そっちで我慢しろ」 一体いつの間にと思ったが、そういえば夕食から小平太に拉致されるまで姿が見えなかった。長屋にいなかったようだからもしかしてこの作業をしていてくれたのだろうか。 この予想はおそらく間違ってはいないだろう。 だとすれば。 昨夜の決死の告白をする前に既に彼は自分の居場所をここに作ってくれていた事になる。 ああ、なんて。 それは、なんて。 「さ、お茶入れますよ、そこ置いてくださいね」 その感情に名前をつけられないでいたら、横からさっさと茶を注がれてしまった。だが、それでいい。この気持ちに名前など着けられないだろう。 昨日と同じ茶のはずなのに、味まで違うように思えるのはさすがに浮かれ過ぎだと思う。でもそれを止められる訳も無い。 やがて名残惜しい時間は去り、さすがにそろそろ発たねば困る刻限になる。 挨拶を交わし散って行く用具委員の面々、そして最後に喜三太と留三郎が残る。 「せんぱーい。またあうべー」 またも、涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも必死に耐えようとしているけなげな後輩には笑顔を向けて頭を撫でる。 その手が離れたのと同時に、まるで引き継ぐかのように喜三太の頭には留三郎の手が乗せられている。それだけで心配なんて霧散するほどに留三郎への信頼は厚い。 そして、彼本人は。 「…折角作ったんだ。湯のみが無駄にならんよう、また来いよ、ゆっくりな」 こんなにも弱い自分に、再び道を作ってくれた。 だから、今度は自分からも言おうと思う。 一旦しゃがんで喜三太に笑いかけて立ち上がる。二人とすれ違うその瞬間に。留三郎にだけ聞こえる小さな声で。 「また、来るだーよ。今度はおめーに会いにな」 次の道は、自分で作る。 だから、その道の先で待っていてくれ。 振り返ったその瞬間に、酷く柔らかな笑みを浮かべていた留三郎。その顔は後輩に向けた顔とも、同輩の友人達に向けた顔とも違っていて。それは己だけに向けた顔だと分かったから。 もう、振り返る事はせずに、その場を立ち去った。 再びやってきた山の中。やはり居心地のいい山道だ。 生命を感じる木に手を這わせ、大地を踏みしめて、この地を後にする。 遠くない日にまた、訪れる事を決意して。 またも大変お待たせしてしまいました。 月夜設定でよしけま&用具委員で与四郎目線の話‥‥‥だったのですが、また悪い癖出ました。 用具委員どころか6年まで出ばったあげくに、月夜だけじゃなくて過去拍手ログまで絡めてしまいました。 更に学園長まで‥‥(イメージ的には原作学園長です) 結局すず湯のみ増えちゃいましたね。 今までが男前与四郎だったのでちょっとだけ弱くて卑怯な与四郎さんに顔を出して頂き、保父さん‥‥いや留さんに包んで頂いてみました。15歳だし。 リクエスト内容のご期待に添えたかどうかが甚だ疑問ではありますが、リクエストしてくださった方ありがとうございました。少しでも喜んで頂ければ幸いです。 |