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空は高く、風は強すぎず吹き抜ける。暑すぎず寒すぎず、なんとも気持ちの良い気候。 食欲旺盛などこかの一年生なら、食べ物がおいしいお天気だと言うだろうし、その友人ならアルバイト日和だというだろう。 穴掘り日和という四年生や、本を読むべきか運動するべきか悩みそうな五年生に、マラソンにもってこいだと言う前に走りだしそうな六年生だっている。 ともかくそんな絶好の天気に。 顔面蒼白で混乱をきたす一人の三年生がいた。 彼の周りの同級生たちもそれぞれの面持ちで取り巻いている。 「作兵衛ー、落ち着けよー」 「そうだぞ。忍たるもの前進あるのみだ!」 「左門は前進してるつもりで右折してるじゃないか」 「いやー、右折どころかきりもみ回転じゃない?」 「まあ、どうでもいいけど。ジュンコさえ踏まなきゃ」 「お前ら―!!三之助も左門もどことなく嬉しそうじゃねえかよ!!藤内と孫兵はいいよな!ちゃんと上級生いるし。数馬ならおれの気持ちわかるだろー??」 取り乱しているのは作兵衛で、周りの同級生たちはどことなく他人の顔でなだめていた。同じクラスのはずの三之助と左門にいたっては作兵衛とは打って変わっ て上機嫌そうですらある。 そもそもの事の起こりは、突然に入ってきた六年生が不在になるとの情報。 それでも委員会活動自体はなくならないのだ。これによって恩恵を受けたのは会計委員会と体育委員会の一同である。もちろん委員長代理を務めなければならな い四年生は多少の心労があろうが、天秤にかければ安堵の方がはるかに大きい。それ以下の学年であれば当然小躍りしたい程の開放感である。 「うちは、別にいつもと変わらないからなー」 他人事のようなのは孫兵で、実際に彼の所属する生物委員会においては他人事である。 「まあ、一年がいないのがちょっときついけど」 そうは言うもののあまり困った様子もないのは元々が己のペットが大半を占めるからだろう。 「そう、1年もいないんだよなー」 こちらは孫兵よりは困惑気味の藤内である。 「でも、作法は四年生がいるからいいだろ?」 「まあ、そうだけどさ。四年生…とは言え、綾部先輩あんまりこっちの面倒見てくれる人でもないからなー。」 ははははっと遠い眼をした藤内には先輩の穴掘りを止められる自信などはない。 「作法は別に急ぎの仕事はないだろ」 そう睨むのは常に二十四時間体制の上に六年生が居なければ己が最上級生になってしまう数馬だ。 「そーだよな!お前ならおれの気持ちわかるよなー!!」 同じ境遇の作兵衛がバンバンと彼の肩をたたくのだが、数馬は少し同情の入った眼を向けてくる。 「でも、うちは結構頼りになる二年生いるし…」 作兵衛のように一人っきりになってしまうよりはましだと暗に言えば、作兵衛は膝をついてうなだれる。 そこへ、三之助が見事に空気を読まずに爆弾を投下。 「あ、さっき保健の二年生が『六年と一年がいなかったら僕一人じゃないかー!どうしよう〜』って嘆いてたけど」 がくりと作兵衛以上に深く深くうなだれてしまった数馬を藤内が言葉もなく背中を叩いてやるのであった。 悲喜こもごもの三年生達はともかく、そもそもの発端は六年生のみならず、一年生も学園からいなくなってしまう事にある。 なぜなら、一年生の遠足に六年生がお供をするからであった。 言いかえれば、六年生の実習内容が、一年生の付添をする事、なのである。 当然、学園長の突然の思いつきによって。 「はあ?」 学園長からその内容を告げられた時、素っ頓狂な声を上げたのは何も六年生たちだけではなかった。むしろ、一年生担任達の方が困惑をしていたと言ってもいい だろう。 一年生達の遠足に六年生を付き添わせるとは一体どういう意図があってのことなのか。 「忍び込んだり闘ったりするだけが忍ではないわ。下級生たちを気遣い引率することで学べることもあるじゃろ。己の技だけを鍛練すればいいというものでもな い」 一見尤もなような事を言ってはいるが、どうやら本心は、ただただ面白そうだからという気がしないでもない。 ともかく一年生の担任達も上級生であれば指導する事もなく、逆に引率手伝いになるだろうと言うもくろみを持って了承するのであった。 「して、人選はどのようになさるおつもりで?」 それなりに各組の個性を考慮した上で、と考えていた山田の意見は面倒事を嫌う学園長に速攻で却下されてしまった。 「ん〜、そうじゃなあ。面倒だし、同じ組同士でいいじゃろ。よし!それで決まりじゃ!」 「え〜〜〜」 「ちょっ!!土井先生!!なんでそこで先生が嫌そうな顔するんですかー!!」 学園長の鶴の一声に思わずもれた嫌そうな声は、一年は組教科担任のもので。それに突っ込んだのは否応なしには組担当となってしまった六年は組の食満留三郎 のものであった。 まるで、自分たちが付添することが困るとでも言いたげな不満顔にどういうことかと言いたくなるのも無理はない。 土井は乾いた笑いを浮かべながら頭の後ろを申し訳なさそうに掻いている。 「すまんすまん。留三郎はいいんだ、留三郎は」 「留三郎はって!それじゃー私の立場はー!!」 「だって…」 今度は善法寺伊作が声を上げたが、それには土井はじとっとした視線を返す。 更にはその他の同輩たちも、納得顔でうなづくものだから。 「ああ、伊作はな」 「うん。伊作はしょうがないっ!」 「一年は組と伊作だぞ!何が起こるかわからん!」 「…土井先生…胃をお大事に…」 ここまで言われても言い返せない本人もそれなりに自覚はあった。そんな級友の肩に留三郎はなだめるように手を置くのであった。 「まー一年い組なら委員会の後輩もいるし異存はないな」 「そうだな」 「仙蔵、少しホッとしてねえか?」 「何を言うか文次郎の癖に!別には組のあやつらに当たらなくてホッとしているわけではない!」 「あははは、仙蔵!自分でばらしてるぞ!私はろ組の日向先生には委員会でお世話になってるしな。体育委員会と同じようにいけいけどんどんだ!」 「ちょっと待てー!小平太!保健委員長として見過ごせない!一年ろ組の生徒を殺す気か!」 「お!そうだ伊作!お前は救急隊員として付き添うってのはどうだ?その分は仙蔵辺りにこちらに来てもらって…」 「ちょっと土井先生そこまで私を追い出しにかからなくても」 「謹んでお断りいたします!」 「仙蔵も早っ!」 「まあ、優秀ない組はあほのは組と違って上級生の付き添いは一人でも十分ですからお譲りしてもいいですけどもねー」 「安藤先生!お断りいたします!いや私ではなくこの文次郎をは組担当にすればいいではないですか」 「俺を巻き込むな!」 「え、それも…。留三郎と喧嘩されても、雨降られても困るし… 大体、は組の良い子たちは実践豊富ですから!伊作の不運に巻き込まれたってなんとかなります!」 「じゃあ、いいじゃないですか」 「あ…」 「…まったくもう、土井先生も六年生に混ざるんじゃありませんよ。安藤先生もあおらないで下さいよ」 しっちゃかめっちゃか、というのが一番正しい形容の現場を山田と厚木がやれやれと言った態で収めなんとか一段落ついたようだった。 一人大打撃を受けていた伊作が微妙にへこんではいるが、持前の打たれ強さを発揮するだろう。 そんな中、遠い眼をした留三郎に長次がぼそりとつぶやいていた。 「…どうした」 「いや、あのさ長次…。伊作の不運と一年は組の騒動巻き込まれ体質。その両方が降りかかってくるのって結局俺なんじゃないかと思うのは、考えすぎかな?」 更に遠くを見つめた留三郎に、先ほど伊作に彼自身がそうしたように、長次がぽんと肩を叩いた。 「…健闘を祈る」 六年生と教師が入り乱れてのすったもんだを終決させたのは結局のところそもそもの原因である学園長であった。 「まあ、なんのかんので、い組はい組同士、ろ組はろ組同士、は組はは組で付き添うように。但し、七松小平太は自重しなさい。日向先生も同調しないように! 斜堂先生、中在家長次、頼んだぞ。それと善法寺伊作はもし他の組に怪我人などが生じた場合はは組を離れて救護に当たるように!以上じゃ!この事は他の学年 には内密にな」 「はい」 悲喜こもごものこもった返事をを聞いて学園長は満足そうにその場を去っていく。 「結局…斜堂先生と土井先生と長次と伊作の負担が半端ない…って事は確定か…」 「あと留三郎の巻き込まれ度も未知数だがな」 最終的に一番得をしたい組面子が暢気そうにそんな予測を立てているのであった。 そんな六年生と教師陣の密談があったのは数日前。さすがに忍術学園と言うべきか、翌日には五年生の、その翌日には四年生…と数日のうちに当事者の一年生を 除く全学年にその情報は知られる事となる。 勿論内密にというのは建前のことであり、そういった情報を探り出す事すらも授業の一環として扱われるこの学園においては、他の学年が知る所になったことさ えも生徒の成長の証として受け止めるのであった。 そして話は冒頭の三年生の恐慌に戻る。 五年生四年生辺りには、羽を伸ばせるなあ程度の内容は、一部の三年生にとっては死活問題へと発展するのであった。 それはつまり、保健委員の数馬と用具委員の作兵衛である。 己が最上級生となってしまう上に、だからといって休む事の出来ない活動内容なのである。急患けが人が絶えないこの学園で保健委員に休みなどはなく、たとえ 体育委員会が塹壕を掘らずとも壁に額をぶつける六年生がいなくとも、他に仕事はいくらでもある上に穴掘り小僧と事務員は残っているのだ、放っておく事など できようもない用具委員会にだって休みなどはない。 それ以外の委員会といえば、その日は二年生のための罠の設置が入っていた体育委員会はその仕事以外の休みを早々に宣言をしているし、委員長がいなくとも仕 事を進めておかねば地獄の鍛錬が待つ会計はこっそりと通常のそろばんが用意されたという。 上級生不在の影響は少ない生物は人手が足りないという弊害のみのため、孫兵の飼育虫たちは絶対に逃がすなという厳命が下っただけである。 特に何も指示のない作法ではあるが、どうやら思う存分穴を掘ろうとしているらしい四年生に藤内がため息をつき、作兵衛と数馬に必死で止めろと懇願されるの であった。 そんな水面下の騒動を知らぬまま一年生は遠足の当日を迎えることとなる。 忍術学園の遠足であるからには、当然の如く通常とは違い早朝どころか未明、いや前日の真夜中と言ってもいいような時間には集合をかけられて、その場で最上 級生の付き添いを知る事となった。 「こらあ!佐吉!なんだその嫌そうな顔はぁ!!」 「なんでもありません〜」 「団蔵も喜んでんじゃねえ!!」 「ひえええ、なんで見えるんですかああ」 「なんだ?皆顔が暗いぞ!まだ眠いのか?私と一緒に走れば目が覚めるぞ!」 「小平太君、遠足はマラソンじゃありませんよ」 「まだ夜明け前だからなー!日が昇れば元気百倍だ」 「…日向先生…」 「何?その微妙〜な顔は!しかも全員っ」 「え〜〜だって伊作先輩はー、不運ですしー」 「そーそ、乱太郎より不運って凄いよねー」 「ええ?私が引き合い?」 予想通りのざわめきに包まれた一年生達であったが、山田の怒鳴り声によって場は収まり組ごとにようやく出発をしていよいよ遠足が始まるのであった。 忍術学園の遠足が通常と違うのは何も開始時間だけのことではない。いたるところに何か仕掛けてあるのではないかと、生徒達はきょろきょろとあたりを見回し ながらのろのろと進む。 上手く回避できた物や見事に全員で引っかかる物、それぞれの組で悲鳴や笑い声、安堵の声が響いていた。 それぞれの組ごとに道筋が分かれてはいる物の、そう離れてはいないのでそれぞれのやり取りが漏れ聞こえてくる。 「馬鹿たれぃ!こんな見え見えの罠に引っかかる奴があるかー!」 「阿呆」 「うわわわわああ、すいません〜〜!」 どどどっという音がしてまたい組の誰かが罠にはまっていた。 「お、おかしいですねえ。優秀ない組の生徒達が今日は調子が悪いようです。一体なんなんでしょうか」 おろおろとした安藤のつぶやきに、土井がにやりと笑っていいた。 「土井先生土井先生、お気持ちは分かりますが、顔に出過ぎです」 「いやー、あっはっはっは〜。ついね」 「まったく、文次郎も仙蔵も自重すればいいのにねー」 土井、留三郎、伊作のそんなやり取りを一年は組の良い子達は不思議そうに聞いていた。 「どーゆー事なんだろう?」 「確かに今日はい組の連中、失敗だらけみたいだよねー」 「何言ってんだよ。当たり前じゃないか!」 「そうそう」 「団蔵、兵大夫!理由分かるのー?」 「分かる分かるー!」 「考えてみろよ。潮江文次郎先輩と立花仙蔵先輩が隣で睨み効かせてるんだぞ!あの見栄っ張りのい組が緊張しない訳ないだろ!」 「あ〜、成る程〜!!」 「え〜〜?僕たちは立花先輩と一緒にいても緊張なんてしないよ。ねえ喜三太」 「うん、立花先輩優しいよねー」 団蔵、兵大夫の説明に二名を除いた全員は納得している。その二名の言い分を聞いた留三郎と伊作が苦笑していたのは言うまでもない。 「私たち一年は組は、どんな時でも」 「緊張なんてしたことねーよなあ」 「うん!僕たちすごいよねー」 「お前達はもっと緊張感を持ってくれー!!!」 「い、伊作‥‥胃薬くれないか‥‥‥」 最終的に山田と土井がげっそりとしてしまった結果になり、六年は組の二人はこの先苦労が多そうだと互いに視線を交わすのであった。 常であれば一年生用の罠だけが仕掛けられている道中であるが、今回は六年生の同行、そしてそれが六年生の実習も兼ねているとあって罠の種類は多種多様に及 ぶ。 相応の物もあれば、手助け無しには攻略不可能な物もある。かといって全てに六年生が手出しするのでは意味は無い。それぞれの程度に応じ、助言を与えるにと どめるか、助太刀をするか、はたまた完全に助けてやらねばならないのか、それらを見極める事も課題のうちであった。 「……留三郎、ちょっと過保護だよ」 「……うっ。すまん、つい…」 自分たちで言うだけの事はあり、最上級生とともにいる事に微塵も緊張感を見せない一年は組の面々はいつもの人なつこさを発揮してニコニコと話しかけてく る。 そうなれば留三郎が嬉しくないはずも無くにこやかに相づちを打ったり質問に答えたり、端から見ればそれは微笑ましい。‥‥実習中でなければ。 聞かれるがままについつい答えすぎてしまったり、縋るような視線を向けられてうっかり必要以上の手助けをしてしまったり。分かってはいるのだが、あどけな い顔を見ていてはついつい手を差し伸べてしまうのだ。 そんな留三郎に伊作は仕方が無いなあと苦笑を漏らす。確かに気持ちは分からないでも無い。 「‥‥まあ、その場に馴染むって点では高得点だよねー。文次郎や仙蔵に比べればさ」 そう言って二人で肩をすくめて笑い合う。伊作に言われた事を留三郎は肝に銘じてそれからは過保護さを控えて適切な助言を与えるように気をつけた。 い組の方向から聞こえる音も徐々に少なくなり、それなりに一年生達と上手くやり始めているらしい文次郎達にも負けられないと改めて意識をするのであった。 それからは、各組順調に道を進めていく。は組も土井の危惧していたような伊作の不運のとばっちりを受ける事は無く、順当に伊作一人が不運を一身に受けてい た。 喜三太のナメクジが壷から脱走し、見つかったのは伊作の弁当の包みからだったり、烏の糞が直撃したりするのはもはやお約束である。 「あ、すいませえん」 落ち葉の下に埋もれた松ぼっくりを思い切り踏んづけて体制を崩した所に、ちょっとした段差を昇っていたしんべヱが落ちて来た、なんて言うのも伊作が請け 負っている。 しんべヱよりも先に昇りきっていた乱太郎が感謝をするように手を合わせているのをきり丸が不思議そうに何してんだよと問いかけている。 「だって、こういうのっていつもなら絶対私が被害にあってたじゃないー」 きらきらとした瞳でうれしがっている乱太郎にきり丸は成る程と頷いている。どうやら乱太郎の不運より伊作の不運の方が上回っていたらしい。いつもなら乱太 郎に降り掛かる不運が全て伊作に降り掛かっているのだとしたら、それは感謝もするだろう。 そんな風に乱太郎が浮かれているその瞬間に。 「うわあっ」 「乱太郎!」 どんな不運なのか、彼の足下をすり抜けた小さなリスに驚いて乱太郎は体制を大きく崩してしまった。今昇って来た段差の方では無いが、乱太郎が倒れた側には 道はない。それどころか切り立った崖が待ち構えていたはずであった。 とっさに差し伸べたきり丸の手よりも素早く伸びたより長い手が乱太郎の襟元を引き寄せる。 「留三郎先輩!」 きり丸が振り返ればふぅっと息を吐く留三郎が乱太郎をつかみあげていた。 「ひえええええ、あ、ありがとうございます」 とんっと下ろされた乱太郎の襟元を留三郎はそっと直してやる。とっさとは言え思い切り掴んでしまったので息が止まっただろうと謝られたが、助けてもらって そんな事を言える訳も無くただひたすらに礼を繰り返した。 「お前見てると、昔の伊作思い出すなあ。伊作も昔、今の乱太郎と同じようにここから落ちかけたんだ」 「ええええええ」 一転乱太郎の表情はなんとも複雑な物になる。勿論伊作の事は先輩として尊敬もしているし、不運を補って余りある凄さとて知っている。けれども、やはり不運 さが似ていると言われてしまうのは己の将来も暗示されてしまったようで、少々悲観的になっても責められまい。 ちらりと、伊作の方を見れば。先ほど落ちてしまったしんべヱと共に段差を昇ってくる所であった。思い切り首を直撃したらしく、なんだか首がおかしな方向に 曲がっているが、それでもこういった事が苦手なしんべヱを笑顔を浮かべて手助けしている。 首を痛めたのはしんべヱの所為なのに、それでも笑っている伊作を見て、乱太郎は、なんとなく不運が似ていてもいいかも知れないなあと思えてくすりと笑って しまった。 「しんべヱ」 「あ、乱太郎ありがとー」 もう少しで昇りきるという所で乱太郎がしんべヱに手を差し伸べる。さすがに重いと顔をしかめたら隣からきり丸の手も伸びて来て二人で彼の身体を引き上げ た。 そのすぐ後に伊作もひょいと乗り越えて来て、留三郎が笑いながら伊作の首をひねっていた。 「いたたたたた」 「我慢しろ」 「あー、ありがと。あ、ここ……懐かしいなあ」 ごきっと音がして漸く首が元に戻った伊作が、周りを見回して笑った。どうやら先ほど留三郎が言っていた思い出を反芻しているらしい。 「あの時はありがとねー」 「何を今更」 思い出を語り合う二人に、乱太郎が割って入った。 「え?もしかして伊作先輩がここから落ちかけた時も留三郎先輩が助けたんですか?」 「も?」 「あ、私もさっき落ちかけて助けて戴いたんです」 伊作はへえ〜っとにやにや笑いながら留三郎を見る。留三郎はと言えばちょっと照れたように頭をかきながら、乱太郎へと苦笑してみせるのであった。 「そうは言ってもな。あの時は俺だってまだ子供で。なんとか引っ張ったはいいが、踏ん張り切れなくて反対側の木に一緒に激突だ。情けないけどな」 思えばあの時から伊作の不運に巻き込まれる事は決まっていたのだと留三郎は笑う。 「伊作先輩、うらやましいですー」 「何言ってんの。乱太郎だってそう言う友達いるじゃないか」 「そうだぞー。あんなにすぐ手を差し伸べてくれるなんていい友達だぞ」 二人にそう言われて、乱太郎は隣のきり丸をくるっと見やる。 「別に。俺の手なんか届かなかったっすよ」 少し拗ねたようにそっぽを向いて口を尖らせたきり丸に六年生二人はにやっと笑う。 「何、俺がいなくてもお前の手は十分間に合ったさ。今日はたまたま俺がいただけだ。まあ、昔の俺たちのように、一緒に転んじまったかも知れないけどな」 「じゃあ、届かなくて良かったです。転ぶのはごめんですから」 どこまでもひねくれたようなきり丸の物言いに、留三郎の笑みは濃くなった。 「照れるな照れるな」 「照れてなんかないっすよ!」 「じゃ、これは?」 じゃらりと掲げてみせるのは彼が肌身離さず持っている小銭入れ。 「あ!小銭ー!!」 「……きり丸が懐から財布が落ちるのにも気づかない位必死で手を差し伸べたんだろ」 「う………」 「きり丸‥‥ありがとー」 一気に顔を赤くしたきり丸に、これ以上からかうのも可哀想かと、留三郎は財布を返して後ろで不思議そうな顔をしているしんべヱに近寄ると頭を撫でる。 「それに、しんべヱだってその場にいればちゃんと助けてくれるさ。なあ、しんべヱ」 「なんだか分かんないけど、僕は乱太郎ときり丸が困ってたら頑張りますー」 良い子のお返事にもう一度頭を撫でて、にっこりと笑う。 「さ、だいぶ遅れたな。お前達が最後だぞ。じゃあ伊作、俺は先に行くな」 「うん。僕は一番後ろを着いて行くから」 そんな会話を交わすと、留三郎は一気に駆け出してその姿はあっという間に前方に消え去って行く。 最後尾だと気がついた三人組も慌ててその場を後にして、伊作はその後を追って歩き出した。 「ねえ、しんべヱ。留三郎先輩って格好いいね」 「うん!すっごく格好いいし優しいよ。僕大好きー!」 「俺は、ちょっと苦手だなー」 「きりちゃんてばー」 きり丸はぷいっとそっぽを向いてしまう。 「俺はもっと合理的に生きたいのに……、全部見透かされちまってやりにくいんだよ」 隣を歩く友達にも聞こえないような小さな声は、後ろを歩く伊作の耳にはちゃんと聞こえていた。 くくっと笑って、中々不運な後輩とその友達の背中を追って歩くのであった。 先頭を行く担任としんがりを担当する伊作。そして留三郎はその中間に位置していた。 生徒達が団子状になっている所では、協力体制も生まれやすいが注意力も散漫になる。不測の事態も起きやすいので細かく神経を使わねばならない。 そして次の罠が待ち受けていた箇所で先頭の生徒が止まり、続く生徒達も次々に溜まって行く。留三郎が見た所ではそれは一年生には少し荷が重い二年生程度の ものであった。 つまりは、的確な助言を与えれば工夫次第で自力で突破できそうな物。 やがて追いついた三人組も交え、は組全員がああでもないこうでもないと罠を越えて行く相談が始まった。 始めのうちは黙ってその内容を聞いていた六年の二人であったが、話があまりにも脱線していくのを見かねて何気ない助言を与えてやる。そうすれば庄左ヱ門を 中心に話し合いは正しい方向へと修正された。 打てば響くような反応に、普段は外野からなんのかんのと言われていても勘は恐ろしくいいのだなと感心さえする。 結果としては組が出した結論はお手本通りではなく少々無茶をするものの、まあ一応突破は出来そうな方法であった。最後までそれに異を唱えたのは庄左ヱ門で あったが、団蔵の「とにかくやってみよう」の声に押され、危なっかしい所はありながらもなんとか越えて行く事は出来た。 再び歩を進める一団の中庄左ヱ門が難しい顔をしているのに、留三郎は近づいて行く。 「どうした?気分でも悪いか?」 「いえ。さっきの罠の事を考え直してたんです。もっと安全に行けたんじゃないかなーって」 冷静に思い返す庄左ヱ門に留三郎は感心していた。己が一年生だった頃は一つの山を越えれば一安心でそれが最善の方法だったかなんて二の次であったというの に。 「先輩、教えてくださいませんか?」 真面目な顔で教えを請う庄左ヱ門に、もう罠は越えた後だからいいかな、と留三郎はお手本通りの正しい知識を詳しく解説してやるのであった。それを真剣に聞 き入っていた庄左ヱ門はどこから取り出したのか忍たまの友にきっちりと今の説明を書き込んでいく。 優等生だなあと感心していると、更にまた何かを考え込み始めたのであった。 「…さっきの僕達は随分と無駄に危ない事しちゃったんですね」 「んー。でも習ってない状態でアレは結構いい線行ってると思うぞ」 「でも。もうちょっと考えれば分かったかも知れなかったです。しんべヱも落ちそうになっちゃったし」 反省の度が過ぎてしまうのは、学級委員としての責任感なのだろうか。 「時間をあまりかける訳にもいかんだろ。まだ先はあるんだし」 そう言ってやってもまだ納得しきれない様子の庄左ヱ門の横から少しふてくされたような声が聞こえる。 「なんだよ。もう皆無事に越えたんだからいいじゃないか」 「団蔵!そうじゃないだろー!無事と言ってもたまたまじゃないか」 「たまたまでもなんでも、できたんだからいいだろー」 「テストなら間違ってる!」 いつの間にか二人の口論となってしまい、すぐ傍らにいた留三郎は困ったように辺りを見回すが、しんがりの伊作はまだ姿を現さず、先頭の土井に助けを求める 視線を送れば、にやりと笑った後に視線を逸らされた。 「・・・」 どうやらお前が解決しろと言いたいらしい。まさかと思うがこれも課題の範疇なんだろうか、よもや教師が面倒くさがっているだけじゃないだろうなあなどと多 少の疑いを持ちながらも、目の前の喧嘩を放っておく訳にもいかない。 周りでは留三郎へと『何とかしてくださいよう』の視線が雨あられと降り注いでいる。 何よりも放っておけば、売り言葉に買い言葉で心にもない発言が飛び出して双方の心を傷つけてしまう事になるだろう。 参ったなあと思いながら口論を続ける二人を見下ろすと不意に蘇る情景に、口の端が持ち上がる。そんな留三郎を不思議そうに見上げていた伊助であったが、す ぐに表情を変えた留三郎に今のは見間違えだろうかと首をかしげた。 「ほらほら、お前達ももういい加減にしないか」 そう言って庄左ヱ門と団蔵の間に割って入ると一応は口をつむぐものの二人は互いに納得は仕切れずふてくされたような顔を見せる。 「まだまだ先は長いんだぞ、こんな所で喧嘩してる場合じゃないだろ」 「だって庄左ヱ門が!」 「団蔵こそ!」 再び始まった言い合いに、こらこらこらと苦笑してしまった。もとよりあんな言葉で双方納得するとも思ってはいなかったが。 「先輩!こうなったらはっきりさせてください!」 「そーです!どっちが正しかったのか!」 今度は二人で留三郎へと迫ってくる。中々の迫力だと妙な事に感心をしながらも留三郎はふむ、と考え込む振りをする。周囲では級友達が固唾を呑んで見守って おり、ようやく追いついてきた三人組と伊作が伊助に説明を受けていた。 どっちですか!と詰め寄る二人の前に留三郎は膝を折りしゃがみこむ。同じ高さになった目線を合わせ、至極真面目な顔で言い放った。 「正直に言えば、二人とも正しいが、二人とも間違っている」 それを聞いた当事者以外の面々はほっとした顔を見せるが、やはり当の本人達は不満顔を見せる。 「なんですかその喧嘩両成敗みたいな、適当っぽい答えー」 「僕も納得できませんー!」 「まあ、そう言うな団蔵。そうとしか言い様がない。庄左ヱ門もなー、答えは一つって訳でもないわけだ」 いいか、良く聞けよと留三郎は二人に諭す。 庄左ヱ門には、確かにお手本通りの最良の選択ではなかったものの、あの時点で時間が許す限りの最良策であったこと。手本にこだわる余り終わったことを悔や みすぎるのは次の行動に支障をきたす事を説く。その上で、失敗を省みて次に生かそうとする姿勢や仲間達の技量を把握して気を使っている事は優秀な先導者の 素質があると彼の頭へと手を置いて撫でる。 一方の団蔵には、終わった事だからと一切の反省をせずに次へと進もうとするのはいつか大きな過ちを起こす可能性があり、今回もギリギリの成功であった事を 肝に銘じなければいけない反面、あれこれと悩みすぎずに思い切って行動をして全員を引っ張っていく力はやはり先導者に向いているのだと頭を撫でたのであっ た。 六年生の手のひらは、山田のものとはかなり違っていて、土井に少し似てはいるけれどもやはりどこかが違っている。けれども頭を撫でられる気持ちよさは変わ らなく、二人は少し照れたような顔を見せた。 そんな二人を見ていた級友達の中できり丸が二人を交互に指を指しながら首を捻る。 「庄左ヱ門と団蔵が怒られたのと褒められたの、それぞれ逆じゃね?」 それを聞いた乱太郎も指を交互に向けてあれ?という顔をする。それはいつの間にかは組全員へと伝染していった。 伊作はそんな一同を見て笑っている。留三郎も周りを見回し奇妙な光景に噴出してしまった。 「そうだ。反省しないのもいけないが反省しすぎてとらわれてもいけない。思い切りのよさも必要だが慎重さも必要って事。お前達二人とも正反対に極端なんだ よ」 ま、俺もあまり人のことは言えんがな、まだまだ修行中だと締めくくった留三郎に一同は笑う。その笑顔の中には庄左ヱ門も団蔵もいて、もう互いの遺恨はなく それぞれ納得している様子である。 「でもいいなあ一年は組は。この二人がひっぱってくれれば皆まとまるよな。今まで色んな騒動にぶち当たっても乗り切ってきたのが分かる気がするぞ」 「だねー。僕達が一年生の頃なんて騒動起こすだけ起こしてやりっぱなしだったよねー」 あはははっと伊作が笑って。その内容に一年生達の好奇心の芽がうずく。 「先輩!先輩たちの騒動ってなんですかー」 「聞きたい聞きたいですー」 「そう?えーっとね、あれは確か小平太が…」 伊作が笑い顔を崩さないまま昔語りをはじめた途端、小さく掘られた落とし穴へと足を踏み外す。 いつの間にかやってきていた山田が呆れたようにため息を吐いた。 「なんでお前さんがひっかかるんだよ。ほら、お前達もだ。まだ遠足最中なんだぞ。昔こいつらがやらかした大騒動はまた後で聞きなさい」 「はーい」 「山田先生が大騒動って言うって事はすっごい事だったんだねー。早く聞きたい!」 「いやー、先輩たちも一年生だったんだねえ」 「そりゃそうだって」 切り替えの早い生徒達は既に歩き出し、伊作を留三郎が助け出す。とっくに先頭へと戻った山田も、同僚の顔を見て再び呆れ顔を見せた。 「土井先生、何得意げな顔してんですか」 「いや、だっては組の騒動を褒められたのなんて初めてで…。ありがとう留三郎〜」 「騒動を褒められたんじゃないでしょうに…。まあ気持ちは分かりますけどねえ」 「でしょでしょ。…留三郎って忍者よりむしろ教師に…」 「…生徒の将来決めてやりなさんな…」 「あはははは、冗談ですよ」 先頭を行く教師達がそんな会話を交わしていることなど露知らず、再びそれぞれの持ち場へとついた六年生と共に一行は山道を順調に進んでいくのであった。 「団蔵、嬉しそうだねー」 隣を歩く虎若が団蔵を覗き込む。同室という事もあって団蔵の機嫌の良し悪しはその表情以上に歩き方やふとした仕草でも良く分かる。尤もあまり取り繕う事の ない団蔵は元々かなり分かりやすくあるのだが。 虎若の問いかけに団蔵はへへっと端の下をこすって少し気恥ずかしげな笑みを浮かべた。 「だってさ。さっき先輩が俺の事褒めてくれたじゃないか。俺はあんな事言ったけど怒られるのは自分だろうなって思ってたんだ。庄左ヱ門は優等生だし学級委 員だしいつも正しいからさ。褒められるのって嬉しいな」 「注意もされてたじゃないかー」 笑いながら混ぜっ返せば。 「それはいつもの事だからいいのいいの」 相変わらずの団蔵に二人で声を立てて笑う。そんな後ろから飛んできた声が一つ。 「もー!よくないだろ!」 「あ、庄左ヱ門」 二人でくるりと振り向いて声を上げる。少し眉を吊り上げた庄左ヱ門が立っていた。 「それがよくないって怒られたのに!ぜんぜん反省してないじゃないか」 「なんだよ!庄左ヱ門こそ反省ばっかじゃ駄目だって言われたくせに」 二人がまた言い争いを始めるのかと間に立つ虎若はひやひやとしながら何も言えずに二人の顔を交互に見比べていた。 「そうだよ。ついそっちばっかり考えちゃうんだ。中々治らないんだよね。それに団蔵もそうみたいだし」 「悪かったな!」 「だからさ。急には治らないし。先輩が言ってたみたいにお互いにこうやって止めたり見習ったりしてみたらどうかなって」 頭をかきながら照れくさそうに言う庄左ヱ門に、団蔵も鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せる。 「え?あ?うん。そうだね」 「わー!それ良いねー!」 虎若もほっとして諸手を揚げての大賛成を示した。 「庄左ヱ門と団蔵が協力したら一年は組は鬼に金棒だよー!」 素直に二人を賞賛する虎若に、二人そろって照れくさそうに頭を掻くのであった。 「先輩って言えばさー、この間の火縄銃の試験で結構がんばったでしょ?」 機嫌よさそうに話題を変えた虎若に、庄左ヱ門も団蔵もこくこくと頷いている。 「あー、あれ凄かったよね」 「虎若はいつも火縄銃の成績良いけど、あの時は凄かった。山田先生も褒めてたよね」 「うん!実はねー。あれも留三郎先輩のおかげなんだよ」 「え?何それ何それ!」 「どういうこと?」 思わぬ衝撃発言に団蔵も庄左ヱ門も目を丸くして虎若へと詰め寄った。二人の迫力に気おされながらも虎若が語った事によれば。 実は虎若はここのところ火縄銃の練習が中々上手くいかずに悩んでいた。憧れの照星に貰ったコツや練習の仕方を書いた本を見ても思った通りの成果は出ない。 それでも試験は近づいてくる。 とりあえず虎若が出した結論はとにかく練習あるのみ、であった。火縄銃の練習をする許可を貰いに、それぞれの管轄の教師と担任の所へ赴いたのだった。ちな みに担任の一人と火薬管理担当は同じであったのでその分手間は省けている。 忍術学園では安全性や機密保持その他諸々の理由から火薬管理の許可だけでは火縄銃を扱う事は出来ない。その他の許可を与える部署の一つが用具管理であり、 虎若は吉野の許可も得て用具倉庫へと向かっていた。 そこにいたのは当然の如く用具委員長である留三郎。おずおずと倉庫に頭を差し入れた虎若に背中ごと振り向いて何の用かと尋ねたのであった。 「そしたらさ。先輩ってば、すぐに貸してくれなくて、丁度手が足りなかったって言って僕に倉庫の整理を手伝わせたんだ」 「え?何だよそれ」 「最初はさ、どうして〜って思ったんだけど。なんか僕が荷物運ぶのじっと見てるんだ」 「あ、それってもしかしてー」 「そう。僕がどのくらい力があるか見てくれてたみたい」 そう気がついて、日頃の筋トレの成果を見せてやろうとばかりに張り切った虎若であったが、一際重そうな用具に手をかけたところで、留三郎に苦笑と共に止め られてしまった。 「もう分かったから、無理はするな。練習用の体力もとっておけ」 くくっと笑った留三郎は、虎若にもう一つ質問を投げかける。 「そう言えば、火縄銃はどうして弾が飛ぶか知っているか?」 それは勿論虎若にとって基本中の基本で、照星に貰った本にだって書いてある。それをたどたどしくも説明すれば、留三郎はニコニコと笑って頷いた。 「ほお、よく勉強してるなあ。でも、そういう原理の方じゃなくて、火縄銃自体の仕組みの方だ。まあおそらく知ってはいると思うが、実際に見たことはないだ ろう?」 火縄銃の仕組みと言えば勿論それは教科書にも載ってるし習った事はある。しかしそれは全て机上で教わった事で、父も実際の銃の構造を見るには危ないと近寄 らせてはくれなかった。 「これは、以前壊れてしまったものなんだがな、中身を見るのに丁度いい」 そういいながら古ぼけた銃身を引っ張り出すと、虎若を連れて倉庫の前に座り込んだ。 「ほら、ここ。これに力が伝わって。…こっちがこう動く。そうするとな…」 ぱこん、と分解しながら一つ一つ説明をしていく留三郎の指先に、普段なら見ることも出来ない物の姿を見て虎若の目が輝いていた。 今まで頭の中にぼんやりとした想像図しか描けていなかった物がはじめて実物を目の当たりにできて、ぼやけていた像が明確になる。 「これを意識して撃ってみろ。多分、ここに力が入りすぎてる」 すっとなぞられた腕の筋。そこを自分でも触って。虎若はこくりと頷いた。 「それから練習したらもー、すっごい上達してさ!試験もばっちりだったよ。早く休みになったら照星さんに会って報告したいなー」 きらきらと目を輝かせているのは、照星を思い出しているのが半分、そのときの興奮が半分と言った所だろうか。相変わらずの虎若に団蔵も庄左ヱ門も苦笑して はいるが、どうやら虎若にとっても留三郎は良き助言をくれた先輩という認識らしいと察して、三人妙な連帯感を覚えるのであった。 そんな三人のやり取りを、地獄耳のような聴力でばっちり聞いていた山田が。ぽりぽりと頬を掻きながらどうやら土井の言うとおりあいつは教師に向いてそうだ と苦笑したのは、誰も知る事のなく彼の胸にしまいこまれ、波乱含みの一年生の遠足はまだまだ続くのである。 夜半から始まった遠足は、日が高く上る頃には大体のコツも掴めて子供たちも余裕が生まれてくる。いつどこに罠が仕掛けられているかとびくびくしていた一同 は、なんとなく罠のありそうな場所を言い当てられるようになってくる。 尤もそれが、経験に即した予想である者もいればまったくの当て推量である者もいるのだが。こと野生の勘に関しては一年は組というものは他の追随を許さない のだなあと六年は組の面々は妙な感心をするのであった。 それはさておきこの時分になって発生するは組特有の騒動、即ちしんべヱの空腹が勃発し、隠れて余分に弁当を持ってきていたしんべヱと土井との間で起きる一 悶着の傍ら、留三郎は横目で級友を見る。 「…予想に違わぬ姿だな…伊作」 「いやー、はっはっはっは。参ったよ」 少し離れている間に見事にずたぼろの姿になっていた伊作に、何があったのかとはもはや聞く気も起きない。どうせこちらの目玉が飛び出してしまうような見事 な不運の連鎖があったに違いない。 ほんの少しだけ、こちらにとばっちりが来なかったことを感謝してしまう留三郎であった。 そこへ不意に現れるろ組の担任。 「おーい、善法寺はいるかー?」 「日向先生?どうしました?」 「おお。ここにおったか。ろ組の生徒が少し具合を悪くしてな。すまんが来て欲しい。山田先生土井先生、申し訳ないがよろしいでしょうか?」 元よりそういった約束事である。山田、土井はすぐさま頷き、伊作へと合図を送る。 伊作も一瞬にして表情を変え、そこには先程までの飄々とした姿はない。ちらりと留三郎へと視線を送ればこちらも無言で頷き返すのだった。 日向の後を追い、伊作が姿を消すと、は組の生徒達が心配そうにざわつきだす彼らを安心させるように担任の両名と付き添いの六年生は、元気に声をかけて再度 出発を促すのであった。 (続く) 中途半端な所で申し訳ありません!! |