| 「よーし!終わりだ!」 かじかむ手で用具倉庫を閉めて、ぴっと整列をした面々に告げられた一言。 「お疲れ様でしたー」 「おー、ごくろーさん。今日は寒いから暖かくしろよ」 「はあ〜い」 にかっと笑って告げられた言葉に、一年生達は良い子のお返事をして、三年生は、心の中で控えめに突っ込んだ。 『いやそれ、委員長っつうか、母親っすか』 そんな三年生の胸中を知る由も泣く、用具委員会の面々はもう一度それぞれに声を掛け合って解散となる。 踵を返して、走り去ろうとしたしんべヱと喜三太が、そのまま何かに驚いたように立ち止まる。その背中に平太がぶつかってしまった。 「ふにゃー」 「あ、ごめん…。でもどうしたの?きゅうに立ち止まったりして」 「ねえ、みてみてー」 「わあ!」 帰りもせずにきゃいきゃいと騒ぎ出した一年生達に、作兵衛が近づいてくる。 「こら、お前ら何してんだ?」 「あ、さくべーせんぱーい。ほら、みてください」 「ん?」 「きれーなゆうやけですよー」 「ほんと、きれーです・・」 一年生達が指をさす先は赤く染まった空。 燃えるような緋色が山の端から濃く立ち上り、淡い橙へと変化していた。時折現れる雲による濃淡が一層の風情を醸し出している。 「へー。確かに見事だな」 でしょでしょっ!と、まるで自分の手柄のように誇らしげな顔をして、しんべヱはもう一人の先輩にもこの光景を見てもらうべく声をかけようとしたのだが、そ れよりも先に笑いを含んだ声が降って来た。 「あれはな。お天道さんの挨拶だな」 「なんですかー?それー」 不思議そうな顔で見上げてくる一年生達と、ちょっと呆れたような三年生。 作兵衛の何か言いたげな視線はとりあえず受け流し、留三郎はにこにこと笑ったまま、しんべヱと喜三太、平太へと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。 「もう夕刻で、じきにお天道さんは隠れっちまう。そうすりゃ朝まではもう顔を見せないからな。だから、それまで夜の間に自分を忘れないでくれって、いっち ばん綺麗なお天道さんを俺たちに見せてくれるんだ」 それは、幼子に聞かせるような与太話である。いくら幼いとは言えれっきとした忍者の卵に真面目に話すような話ではない。 「そりゃ・・・」 『いくらコイツらだって夕焼けの事なんて授業でならってるでしょう?』 作兵衛が続けたかった言葉を全て言い終わる前に、喜三太が嬉しそうな顔をして口を挟んだ。 「そのお話、僕もしってますー。足柄の山で、よしろーせんぱいがしてくれました!」 「そっか」 にっこりと笑って喜三太の頭をくしゃりと撫でた留三郎に、喜三太の顔はますます嬉しそうになる。 「僕も、今度カメ子に今のおはなししてあげよーっと」 続くしんべヱには、ほっぺたを撫でてやり、ついでに平太の頭も撫でた。 えへへっと笑い合う三人を嬉しそうに眺める留三郎の姿に、作兵衛は先の言葉は飲み込んだ。 今、喜三太もしんべヱも『お話』と言ったのだ。留三郎が話して聞かせた事が、真実でない事は彼らなりに分かっているのだろう。 そして、そんな話をしてくれた事を心底嬉しそうに受け止めているのだ。 これはどうやら自分が一年坊主達を見くびっていたのだと、作兵衛は心の中で小さく詫びた。 そんな風に、少し彼らから注意を逸らせていたら、不意に伸びて来た手で作兵衛までぐりぐりと頭を撫でられてしまった。 「な、何するんですか〜先輩〜〜」 「ほらほら、力抜けって作。もう授業も委員会も終わったんだぞ〜。おばちゃんの飯食って、風呂入って、寝るばっかなんだからさ」 ますますぐしゃぐしゃとかき混ぜられた頭を、撫で付けていたら、『飯』に反応したのか、一年生達が騒ぎだす。 「おう!もう皆解散してんだから、行っていいぞー」 そんな留三郎の一言で、しんべヱを先頭に一目散に駆け出した。作兵衛も一礼をしてその場を去っていく。 そして。 一年生達に目線を合わせるために地面に座り込んだままの留三郎が残されて。 どっこらしょっと、その腰を持ち上げたその時に。 「何をいい加減な事教えこんどるんだ、馬鹿たれ」 不機嫌そう、というよりもいつも不機嫌な顔をした同級生が建物の影から現れる。 「いい加減ではないだろう?お前も子どもの頃そう聞かなかったか?文次郎」 驚くでも無く、立ち上がりながら留三郎はそう言い返す。 確かにそれは、いつかの寝物語に聞いた事のある話だ。 「ふん、あんなものは、赤子に話す草子だろう。一年生だとて忍たまに話してやるものではない」 にべもない反応を返す文次郎に気分を害すでも無く留三郎は笑った。 「お前らしいな。まあいいじゃないか。今は授業でもなければ、委員会でもない」 そう言ったのは先ほど作兵衛にも告げた言葉に良く似ていた。 時間外活動に数えられる委員会活動でも、まして授業でもない。この時間は彼らが彼ら自身として過ごせる時間だ。そんな時まで、忍たまの先輩として教えを施 す事は無い、そう思った。 「馬鹿たれ。いついかなる時でも鍛錬を怠るべきではない!」 言葉とともに飛んで来た石つぶてをひょいと躱した。慌てた様子も無い一連の動作に文次郎は満足げに口の端を上げる。 「まあお前はそうだろうよ。というか、いずれそうならざる得ないからな」 それは、己も含めて。今だって鍛錬中の文次郎にすぐさまつき合えるだけの準備はできている。 でも、あの子達にはまだ。 この夕焼けを、ただ何も考えずに、綺麗だと。明日もまたこの綺麗な空が見たいなと、それだけを考える時間を残してやりたいのだと。 「まったくお前は後輩馬鹿だ」 「鍛錬馬鹿には言われたくねえな」 いつもなら、そのまま手が出て喧嘩が勃発しそうなやりとりも、この赤く染まった世界では調子が狂う。 その程度には己もまだまだ半人前かと、舌打ちを一つ残して、文次郎は再び姿を消した。 文次郎の気配をしばらくたどった留三郎は、やがて遠のいた気配を確認して、再び空を見上げる。 燃えるような緋色は、既に姿を消し、山の端には朱色の光芒が残っている。次第に色を薄くするその色はやがて、青から藍へと濃淡を描き、じきに藍は黒く染め られていくだろう。 そうなれば、それはもう、自分たちの世界。月も出ない今夜は、まさに理想的。 それまでのしばしのこの時間を、少しだけ惜しいとそう思ってしまった。 「お、喜三太。もう出るのか?そうか、金吾も喜三太も遠いものな。じゃあ風魔の皆さんによろしく伝えてくれ」 「はーい!じゃあ、先輩、よいお年を〜」 「しんべヱ、あまり家でごちそうを食い過ぎるんじゃないぞ」 「えへへへ。じゃあ、とめさぶろう先輩、よいお年を!」 「平太も作も今日出るのか。気をつけてな」 「はい・・・せんぱい、よいお年を・・・」 「はいっ!先輩もお気をつけて!よいお年を!」 冬休みを迎えた忍術学園は、一人また一人とそれぞれの家に向かって出発していった。 冬休みはあまり長くはなく、下級生達は新年を家族と迎えるために帰宅するもものが多いが、上級生にはそのまま残る者は多い。 特に、卒業を控えた六年生はほぼ全員が残って自主鍛錬を行っている。 勿論留三郎とて例外ではない。 挨拶に来た下級生達を見送るが、自身は常の制服のままである。 出発の報告をする後輩達に、それぞれ満面の笑みを向けて送り出してやると、すっかり人の気配の少なくなった忍術学園の中庭へと戻っていった。 そこに居たのは、既に自主鍛錬を開始した好敵手。 留三郎の姿を認めると、足を止めて挑発するような顔を向けて来た。 「相変わらず、後輩には甘っちょろい顔を向けて。お前自身が、次に会うまで忘れてくれるなと懇願でもしていたか?」 一瞬、何を言われたのか意味が分からなかったが、すぐに先日のやり取りを思い出した。 こんな奴に指摘されるのも癪に障るが、それでもそれは間違いではないだろう。 年が明けてまた彼らに会える事を願い、とびきりの笑顔を向けてやったのは。 やはり、先ほどの他の何者でもない彼自身としての留三郎を心にとどめて欲しいとどこかで願っている。 「ったく。よりによっててめえに言われるたあ」 「丸分かりなんだよ、このタコ!」 「うるせえな。おい、ちょっとつき合えよ」 にやりと、わらって拳を突き出せば、文次郎も口の端を持ち上げて笑みを返す。 口元は笑っていても、互いの目はギラギラと好戦的に輝いている。 それはそれで、神経を尖らせた最高の笑みである。 「てめえに、向けてやる顔は、こっちだ」 「望む所だ。へらへらとした顔なんざ向けられたら反吐が出る」 両者は、あとは言葉を拳に乗せて。 喧嘩をしているのか、鍛錬をしているのか分からないような、取っ組み合いを開始するのであった。 互いに互いしか映らぬ真剣勝負。 それもまた、最高の姿である。 どうか、この姿を、忘れないように。 次に会うまで、一番最高の姿を焼き付けておいて欲しい。 と言 う訳で、ほぼ1年振りの更新で本当に申し訳ありません。 せ、せめて!年の最後に何か‥‥‥と思ってできたのがこんなものですいません。 リハビリにもなってないような。 すでに実は大晦日だったりするのですが、年の瀬舞台のお話を一つ。 お年賀代わりにもなりませんが。 ほのぼの用具と、ほんのりもんけま? |